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駒箱の修理

 投稿者:梁山泊  投稿日:2016年 1月 2日(土)16時40分26秒
編集済
  1枚目の画像は大正末期から昭和初期に製作された大橋形長角四方構えの
島桑駒箱と近年作の黒柿の駒箱ですが、何れも身が無かった為に製作しました。
島桑駒箱は拭き漆仕上げで黒柿は 木地仕上げです。

2枚目の左側画像は神代欅拭き漆仕上げの駒箱は身の狂いを修正して、拭き漆仕上げをしました。
右側は欅の木地仕上げですが、これも僅かな身の狂いを修正しました。

何れも駒箱もヤフオクの落札品で保管場所が悪かった為の狂いでしょう。
 
 

RE2: 私の幻の駒

 投稿者:梁山泊  投稿日:2015年12月 6日(日)16時52分51秒
編集済
  駒権作竜司書は実見した事はなく、その存在は長く知りませんでした。
(雑誌枻で駒権師の記述で知りましたが、蜀紅と同じ書体ですね)

この駒は大振りの肉厚で特注品ですから、駒成形や仕上げは特別でしょうね。
この様な駒を盤面にピシリと打ち下ろす醍醐味は盛上げ駒では絶対に味わえませんね。
 

RE: 私の幻の駒

 投稿者:@浅草  投稿日:2015年12月 6日(日)08時25分34秒
  お褒め頂き、有難うございます。

私にとっては、影水よりも児玉よりも想い入れのある大切な駒ですね。

残りの”駒人生”、この『竜司』を遣込んで大切に育て上げたいと思っています。。
 

RE: 私の幻の駒

 投稿者:梅水  投稿日:2015年11月29日(日)17時31分31秒
  なるほど、これはよい駒ですね。「まぼろしの彫駒」というのに相応しいと思います。



 

私の幻の駒

 投稿者:@浅草  投稿日:2015年11月23日(月)21時54分53秒
  (新参でございます)
中学生の頃に神戸の若松将棋教室で出会った『駒権作蜀紅』。若松先生の指導対局専用で、将棋は覚えていませんが、『駒権作蜀紅』の圧倒的な存在感は今でも目に焼き付いています。以来、四十余年、駒権を追い求め、そして、ついに、我が幻の「駒権」を手に入れる機会に巡り合いました。

感無量です。
 

RE:ダマスカスの包丁

 投稿者:梁山泊  投稿日:2015年11月21日(土)22時44分25秒
  キコリさん
お願いしたホームページの貼り付け有難うございます。

日本刀を7振り(脇差しと短刀含む)購入してからダマスカスの包丁に嵌っています。

特に私が落札した8点の内6点は包丁の柄に小笠原桑(絶滅危惧種)や御蔵島の桑を
拭き漆仕上げをした素晴らしいものです。

下記アドレスは現在入札中のダマスカス包丁です。
ダマスカス鋼包丁 ミクラオリジナル 島桑 拭漆 Forged
http://page16.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/u90050623
 

ダマスカス鋼

 投稿者:キコリ  投稿日:2015年11月21日(土)11時28分48秒
  本来ならば、雑談掲示板へ書く事ですが、記載が出来ない為にここに書かせて頂きます。

暫く、駒の世界から離れ、ダマスカスの制作に夢中になっております。とは言っても、200年前に途絶え未だに再現することの出来ない「奇跡の鋼材」と呼ばれた古代ダマスカス達するには至らず、模様を再現するだけの現代ダマスカスに留まっております。

その世界で、私の目標とするあるイギリスのおじいちゃんの作品を見て頂ければと思いHPのアドレスを貼り付けて見ます。

http://www.devinthomas.com/index.html


古代ダマスカスは「硬くてしなやか」な2600年ほど前にインドで出来た科学では説明の付かない不思議な鋼材で、それにより「ダマスカスの宝剣」が作成をされ、十字軍は、その武器としての性能に破れ、中近東への進出を断念させられ、鎧をも貫く、しなる奇跡の剣としてヨーロッパへ伝えられました。なぜ、そのような優れた鋼材が200年前に突然として姿を消したかは、また機会がある時に書かせて頂きますが、数年前にその優れた材質の理由が未来の素材として十数年前に偶然に発見をされた「カーボンナノチューブ」による事は世界の金属学者に大変なショックを与え、現在多くの大学で、その再現が試みられております。

今回は、イギリスのおじいちゃんの作る作品のその美しさだけをご紹介いたします。


 

幻だった駒

 投稿者:梁山泊  投稿日:2015年10月31日(土)00時49分43秒
編集済
  以前にテレビで豊島龍山が放映された直後に、龍山作清安書の盛上げ駒が
ヤフオクに出品されて入札が過熱して140万円位で落札されましたが
落札者は購入をキャンセルされて、出品者は入札2,3番手の方に購入を
打診されましたが、何れも拒否されて売買は不成立になりました。
尚、私は6番手位で私の所には連絡がありませんでした。

そして、その駒をトウシン盤駒店の名品販売で見つけて、私の所蔵品となりました。
但し、出品当時の共箱であった、関根名人揮毫の6角形の桐製駒箱は付属しませんでした。

駒は豊島数次郎没後の作品で駒のサイズは意外と大きかったです。
又、駒には一滴の油も付けられた形跡はなく、軽いいぼた蝋仕上げがしてありました。

尚、この駒の作者は金井静山と思いますが、駒銘は静山が書いたとは思われません。
最初の画像はモンキーさんのホームページからの転載ですが、彼はこの龍山銘は
総て、静山の作品とされていますが、私は一番左の駒銘については実見していませんから
意見を述べられません。左から2番目の銘で私の旧蔵品である龍山作錦旗は静山作ですが、
現在所蔵している龍山作錦旗は数次郎の作品と思っていますが、これは今後の楽しい研究課題です。

2枚目の画像は龍山作清安書の共箱です。

 

RE:まぼろしの彫駒シリーズ「宮松作安清書」

 投稿者:梁山泊  投稿日:2015年10月28日(水)23時46分28秒
編集済
  宮松作安清書も影水作博堂書も私は実見した事はなく、今後もお目にかかる事のない駒ですね。
私の場合には安清書を龍山作(豊島作)と信華作の彫駒と彫埋駒で何組か購入しましたが、
何れも手放してしまいましたが、最近ですが2組購入して手許にあります。

添付画像は豊島作安清書の彫埋駒と信華作安清書の盛上駒です。

余談ですが、駒銘の画像にある茶筒の上にペットボトルを置いて、日本刀を袈裟懸けで
斬り付けたのですが、刀の重さで茶筒を斬ってしまった痕跡です。
 

RE2:駒師 

 投稿者:梁山泊  投稿日:2015年10月28日(水)23時34分12秒
  「今の駒師は駒を観た事無いから創れんのじゃ。」

40年前にはアマチュアで駒作りをされる人はいませんでしたから、それは天童の駒師の事を
言っておられるのでしたね。私はその当時(昭和48年)に板谷進八段(当時)にお願いして
榧の六寸盤と桑の四本足駒台と美水作水無瀬書の盛上駒を分けて頂いたのは懐かしい思い出です。

さて、今のアマチュアは駒木地が作れず、字母紙は独自に作れず、二流の字母紙で製作される為に
個性がありません。それが昨今のオークションでの叩き売りの一因になっています。

昔の駒は金将の裏を見るだけで、作者名が解るだけの個性がありました。
 

RE;駒師 

 投稿者:キコリ  投稿日:2015年10月24日(土)21時34分22秒
  今の駒師は駒を観た事無いから創れんのじゃ。」

これは、昭和40年代の話で、それ程古い話ではありません。
特に、天童の駒師に対して向けられた話と言ってもよいでしょう。

山形の酒田には非常に優れた駒がありましたが、これは北廻り船が酒田にも止まり、そこから庄内米が全国へと動き、お金が有り余っておりましたので、本間家や竹内家のような豪農がいたからです。しかし、出羽三山を超える事は容易ではなく、天童へは優秀な駒が渡る事は無かったのです。天童は将棋の駒の町でしたのでプロの対局駒となるような駒を作る事を切望しましたが、盛上げの技術すら伝わる事は無く、確か、昭和53年に久徳師が作った駒が始めて使われたのではなかったかと記憶しております。

当時私は駒の収集に夢中でしたが、それは集めると直ぐに天童へと送られていきました。それは、数人の駒師たちから求められていたからでしたが、その基となったのは故板谷進九段の遺志を継いだとも言えるものでした。

板谷八段(当事)は東京で将棋に負けると愛知へは戻らず、東北へ一人旅をして、最後に天童を訪れる事を常としておりました。そして、そこには板谷八段が集めていた銘駒が同道をしておりました。

「この駒に勝る駒を作れ」が彼の天童の若き駒師たちへの無言の提言であったと思っております。何人かの若き駒師はそれに触発をされ駒を作っては彼の元に送りましたが、なかなか彼の目に適う駒は出来ず、送り返されてしまいますが、それでも板谷八段の天童詣では続きました。

「今の駒師は駒を観た事無いから創れんのじゃ。」
全くその通りであったのです。そして、板谷九段によってそれは陽の当たることとなります。
 

RE*駒師

 投稿者:梁山泊  投稿日:2015年10月24日(土)20時01分23秒
  「今の駒師は駒を観た事無いから創れんのじゃ。」
この記事は近代将棋にも掲載された事があり、升田師の慧眼として
私にはずっと印象に残っている言葉です。

私も升田師が認める駒を現代作者の作品で拝見したいのですが、それは叶わぬ夢でしょうね。
 

駒師

 投稿者:青の騎士  投稿日:2015年10月23日(金)06時20分29秒
  日本将棋連盟特設サイト 弦巻勝の将棋Web写真館|駒師
http://www.photogallery.shogi.or.jp/#!%E9%A7%92%E5%B8%AB/c1o1o/5625942a0cf2c6c6437e1356
 

影水作博堂書

 投稿者:梅水  投稿日:2015年10月20日(火)14時35分7秒
  うーん、素晴らしい。なにがって、このオリジナリティ。

こういうものを追求する時代は終わったのですね。



 

影水作 博堂書

 投稿者:キコリ  投稿日:2015年10月19日(月)18時16分36秒
  15年ほど前に友人に譲った駒です。

これも当時のカラーコピーをコピーし直し、スキャンした為に鮮明さに欠けますが、今となっては幻の駒となってしまいました。銘をコピーしそこなってしまっておりますが、俗に言う「くの字の影水」でした。写真で無い為にその彫の素晴らしさをお伝えできないのが残念です。
 

RE: RE:まぼろしの彫駒シリーズ「宮松作安清書」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年10月18日(日)13時44分21秒
  キコリ作ということですね。

貴重な画像をありがとうございます。



 

RE:まぼろしの彫駒シリーズ「宮松作安清書」

 投稿者:キコリ  投稿日:2015年10月17日(土)19時06分19秒
  宮松の安清書は良いですね。
昔、影水の安清書を見て触発をされて作ったものです。カラーコピーをスキャンしたので全部を写す事は出来ませんが一部を。
 

まぼろしの彫駒シリーズ「桂山作無劍」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年10月13日(火)08時38分21秒
  写真は、大ぶりの木地にしっかり彫り込んだ桂山渾身の作である。とはいえ何の変哲もない無劍ともいえる。手に取れば怪物のように感じるこの無劍。実際に手に取ってもらって、どうですか? と訊くほかはない。えっ、面倒くさくなってきたのか、ですって。いやっ、あー、そんなことはない。

無劍とはそもそもそんな駒なんだ。



わたしはどういうわけか無劍が好きで、実際、過去何組か持っていた。そして現在残っているのはこの無劍一組。わたしにとって最も無劍らしい無劍がこの駒だ。

これを手放せば無劍はまぼろしとなってしまうだろう。

 

まぼろしの彫駒シリーズ「宮松作安清書」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年10月11日(日)20時28分30秒
  これはいいですねぇ。駒のささやきを見た駒ファンはたくさんいるでしょう。しかし、この彫駒の写真を見て、これはいいねぇって思った人はどれほどいるでしょうね。(実は最初にこの駒写真を見たときはわたしも興味がわきませんでした)

彫駒の魅力にはいくつかのタイプがありますが、これはなかなかないタイプで、現代の彫駒作家はまず作りませんよね。現代の駒作りは字母紙依存ですから。感性依存のこのタイプは生み出されることのないタイプですね。こんなお手本があるのにね。



(「駒のささやき」より)

 

まぼろしの彫駒シリーズ「木村作隺園」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年10月 5日(月)21時12分15秒
  この駒は誰が彫ったのか。それについてはいろいろ言われますが、そんなことよりこの作の本質を見るのが百倍重要。しかしそれは実に分かりにくい。

この作の彫が緻密だという見方は間違ってはいないでしょうが、やっぱりそこじゃないんですね。絵としての素晴らしさと、そう言ってしまえば、それも総論への逃げでしょうか。そう、ハッキリ言えそうなことは「彫の独創性」。サァーと彫っているところもありますが、ボソボソと彫ってますよね。

彫の太さに強弱をつけた流れるように繊細な線(彫)、と同時に、ボソボソトした素朴で鈍な彫増し。その共演(ハーモニー)を成功させている。これは彫の腕なんて話じゃない。字母がいいんだなんて話でもない。

飛び抜けた感性がなければできるもんじゃない。



(「駒のささやき」より)

 

まぼろしの彫駒シリーズ「駒権作蜀紅」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年10月 5日(月)20時56分52秒
編集済
  こいつは凄いね。

いまこの駒を手に入れようと思ったら経済的にも大変な用意が必要だろう。しかし、金が用意できたからと言って誰が売ってくれるというのか。まぁ、この駒の価値は経済的なものを超えている。うん?、何だ、そりゃ。この駒に見合う評価は日本ではなく外国において成されるかもしれません。ただし、それは遠い将来のこと。

この作は彫も凄けりゃ、木地もど派手だ。誰だってほしいと思うに違いない。しかね、これの本当の良さをどれだけに人が分かっているだろう。わたしは、その辺りのことを大いに疑問に思っています。

さて、蜀紅と言えば、現代の駒作家の多くの人たちが挑戦しています。しかし、言っては悪いが誰一人として駒権に肉薄した者はいない。それも無理はないと思います。どなたも字母紙に頼りすぎて本質が見えていない。もしそいつが見えた人がいたとしても、作るとなったら、それはまた別のこと。

駒権作蜀紅は真似をしやすい駒と思われている、とわたしはそう考えています。
しかし「駒権作蜀紅は最も真似のできない駒の一つ」だと思います。



(「駒のささやき」より)



 

まぼろしの彫駒シリーズ「仙桂作上彫」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年10月 5日(月)20時15分48秒
編集済
  わたしはこの駒がとてもほしいです。

いかにも数物のための直線的な書体といった感じ。繊細とはほど遠い粗野な感じ。じゃ、一体これの何が良いというのか。それを説明するのは難しい。いや、説明を試しみようとはしましたよ。しかし、理解者は皆無のように思える。で、面倒になりました。

とにかく古くて使い込んだ駒が好きな人もいる。わたしの場合はそういうのでもない。いや、むしろこの駒の新品がいま手に入るのであればそれがいい。もちろん、まるで焼き入れをしたかのように使い込まれたこの駒の魅力も大きい。

しかしね、この作の本当の魅力は、既存の価値観に縛られていてはひょっとしたら理解できないものかもしれません。



 

RE: 突然の書き込み失礼いたします

 投稿者:管理人  投稿日:2015年 9月29日(火)23時59分26秒
  将棋ウォーズファンさん、こんにちは。

残念ですが、わたしではありません。
いずれ、わたしも将棋ウォーズデビューできればと思っております。

いつかお会いしましょう。

 

突然の書き込み失礼いたします

 投稿者:将棋ウォーズファン  投稿日:2015年 9月29日(火)22時12分13秒
  将棋ウォーズにて MEIKOMA という名前のユーザーがいらっしゃるのですが
ここの管理人様でしたでしょうか?
 

まぼろしの彫駒シリーズ「初代天一作天童楷書」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月29日(火)18時34分17秒
  これは分かりにくいでしょうね。いかにもな彫を見る目で見ても分からないはず。
一言で表現するなら「品のよさ」でしょうか。武山とは対極とも言える作。



初代天一の天童楷書彫は、オークションなどでもでもよく見かけますが、これこそが初代天一の上彫なのです。勇ましい彫であればそれは誰かの代作なのです。それが悪いとは申しません。むしろそういうなかにこそ素晴らしい作がある場合もあるでしょう。

 

まぼろしの彫駒シリーズ「武山作天童楷書」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月29日(火)18時22分15秒
  こちらはわかりやすいでしょう。いかにもな彫だと思います。
数物の仕事のなかにこれだけのものを残してくれた武山に感謝したい。



天童楷書は数あれど、この個性には驚きます。戦うゲームの道具らしい、実にね、この勇ましさ。好みはいろいろあるところでしょうが、この姿は一つの極致でありましょう。

わたしは本作を武山の仕事のフラグシップ・モデルと見ますが、いかがでしょうか。

 

まぼろしの彫駒シリーズ「武山作錦旗」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月29日(火)18時12分55秒
  もういいよ、それはって。まぁまぁ、そう言わずに。
まぼろしの彫駒シリーズとして、いま一度取り上げさせていただきます。



つい最近オークションに出ましたね。でも、もうお分かりでしょう。同じものとは言えないのです。

ところで、この作のよさはわかりにくいと思うのですが、いかがでしょう。わたしにどう見えるかは分かっていますが(笑)、皆さんの目にどう映っているのやら。初代天一の上彫のよさもわかりにくいと思うんですね。いかにもっていうのとはちょっと違う。

この実物を見せても、このよさを理解できない人がいましてね。どうしてなんだろうとちょっと悩みましたよ。

 

まぼろしの彫駒シリーズ「竹風作昇龍書」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月29日(火)17時49分6秒
  えっ、竹風作昇龍書の彫駒がまぼろしだってっー!

竹風作昇龍書の彫といえば、オークションを見れば出品されていない日がないくらいよく見かけるじゃないですか。わたしは昇龍が出ていれば、画像を開いて5秒は見ます(笑)。そんなわたしが本作のような駒は見たことがありません。

こちらの駒はいまからですと40年以上前になるのでしょうか。持ち主の方が井上一郎製作所で購入されたとのことです。本作は数物の仕事ではありますが、実によい味と感じます。そう、いやぁー、よい作ですねぇ。



数の多さじゃナンバーワンとさえ思える竹風作昇龍書の彫駒ですが、よく見れば、そこにだってまぼろしがあるわけです。わたし、この駒だったら手元にほしいです。

 

まぼろしの彫駒シリーズ「八代目駒権作無書体銘」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月29日(火)17時30分48秒
  本作は奇跡的に新品未使用の状態で手に入れることができました。その後、暇をみては乾拭き磨きを続けていますので、多少の風合いが出てきているようです。内容的には「竹山」相当。

駒権作は一般的に駒形が不安定で、バランスのよい作に出会えることはなかなか難しい。本作はその面においても優れており、また、作の内容も満足できるものでした。



わたしはよい駒権(とくに宝玉)がほしくて十数年前から、オークションの駒権に注目してきました。で、なかなかよいものが出てこない。そして満足いく宝玉を手に入れることができました。

しかし、宝玉をまぼろしの彫駒というわけにもいきません。希少とはいえそこそこ目にすることができるからです。作の内容や駒形のバランスまでを考えると、わたし的にはまぼろしと呼びたいところではありますが。

さて、本題の無書体銘の駒権です。十数年、駒権を追っかけてきて一度もお目に掛かったことのないタイプでした。肉厚で駒形のバランスがよい。わたし好みでした。この駒に出会えたことは幸運であり、十数年の追っかけの成果と考えています。

最後に、わたしがなぜ略字の宝玉(主題の作とは別の話です)に注目したのか。それは、大衆駒のなかに潜むまぼろしを追っかけてきたからなのだろうと思います。武山や天一の上彫への注目も同じ理由なのです。

 

まぼろしの彫駒シリーズ「二代天一作王義之書」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月29日(火)10時29分36秒
  これはいいですね。二代天一の魅力がとてもよく出ています。

二代天一といえば、三邨書の彫をたまに見ますが、それとて希少なはずですが、この王義之書に至ってはこの作以外に見たことがありません。実は昔の話になりますが、この駒を譲ってほしいと華人さんに相談したところ叱られてしまいました。これ、ほしかったなぁ(笑)。

わたしにとってはこの作は、まぼろしの彫駒であり、ほしかった駒です。



(華人駒工房より: http://homepage1.nifty.com/kajin~koma/

 

まぼろしの彫駒シリーズ「桂山作竜司書」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月29日(火)05時05分19秒
  「桂山作竜司」銘の彫駒をオークションで2~3度見ました。しかし、「桂山作竜司書」銘の彫駒はオークション他、一度も見たことがありません。たった一文字の違いだけですが、わたし的な言い方をするなら作の内容は別物でした。それがなぜなのかは分かりません。

おそらくはこの「桂山作竜司書」のことでしょうが、この世に三組だけ作られたと聞いています。それが事実なら、まさにまぼろしの彫駒といえるのではないでしょうか。



新しい写真を撮ろうと思ったのですが面倒で(笑)。
現在の実物は、繰り返した乾拭き磨きの成果もあり斑が強くなっています。

 

まぼろしの彫駒シリーズ「影水作金龍」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月27日(日)20時17分49秒
  影水作金龍彫は、かつてオークションで2度ほど見たことがある気がしますが、わたしの見立てでは本作とは全くの別物でした。どのように別物かはここで詳しくは申しません。



この駒はアマトップとして活躍された大鷲将人さんよりお譲りいただきました。大鷲さんはといえば、この駒を大友昇九段(故人)より譲り受けたとのことでした。そしていま、わたしの手元にあるというのは光栄なことと感じます。

 

RE: RE;まぼろしの駒

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月26日(土)23時43分10秒
  なるほど、それで分かりました。

どこかで見た記憶があるような彫で、わたしもオークションで見たことがあるのかもしれません。でも、落札したいとは思わなかったのでしょうか。まぁ、実際にはなにも思い出せません(笑)。

そのように「木国製」として認知でき、市場に出たときに判別できるならば、そして滅多に出なくて、作の内容が評価に値するなら、まぼろしの彫駒と言えそうですね。

 

RE;まぼろしの駒

 投稿者:キコリ  投稿日:2015年 9月26日(土)21時27分21秒
  実は、「木国製」(or木岡製)の駒はこの他に2度ヤフオクで見ておりますが、いずれも木村名人揮毫の盤と一緒に出品をされておりました。

駒は薄く、形状から古い中京駒の一つであると思われますが、彫の技量が大変に優れていることと、その感性の素晴らしさは梁山泊さんの書かれている通りで実見すると驚かされます。何よりも字母紙を使っていない事、数をこなした者のみに与えられる刃の切れが見事です。

書体は「「峰」に似ておりますが、駒箱に記された時代は「峰」の字母が出来たより古く、その原型である可能性も秘めているやもしれません。
 

謎の彫駒とまぼろしの彫駒

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月26日(土)20時33分38秒
  デニーロさんの投稿を拝見して気づきました。

謎の彫駒とは、そもそも作者も不明(作者銘があったとしても)。まぼろしの彫駒とは、銘は明らか(作者銘が記されていなかったとしても)だが、数が少なく滅多にお目に掛からない。その上、優れた作となれば皆無に思われる。..ということでしょうか。



このように作者完全不明な駒は、まぼろしというよりも謎というのが相応しいのではないでしょうか。

 

RE:キコリさんのまぼろしの駒

 投稿者:デニーロ  投稿日:2015年 9月26日(土)20時11分31秒
  キコリさんのまぼろしの駒の画像を見て、私は「彫駒図鑑」に掲載されている『謎の彫駒』のイメージが脳裏に浮かびました。
いずれも何とも言い難い雰囲気と味を感じますね。
「オープン掲示板」で『謎の彫駒』について書き込みをするのは2011年1月以来二度目になりますが、私にとっては忘れがたい駒の一つなんだと思っています。
 

無題

 投稿者:梁山泊  投稿日:2015年 9月26日(土)13時57分1秒
編集済
  駒箱に木国製とある駒は私がリサイクルショップで、盤とセットで販売されていましたが、
盤は程度に問題があり、キコリさんの進呈用に駒だけを求めたました。
尚、この駒の迫力は実見すると、よりご理解頂けると思います。

天一の彫り駒は二代目(佐藤松喜)で草書と三邨書を所有していましたが、何れも今は手許に
ありませんが、梅水さんの所有されていた初代作の気魄の彫りには及びませんね。

 

まぼろしの彫駒シリーズ「初代天一作草書」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月26日(土)02時11分5秒
編集済
  このような駒はその生い立ちを考えれば、この世に数多く存在するはず。しかし、市場には出てきませんね。これをまぼろしというのも広義の意味とご理解ください。実際オークションなどでは(この駒以外は)一度も見たことがありません。

実はこの駒、かつてわたしが持っていたものです。オークションに出して手放してしまいました。それは、お金のためではなく、わたしが持っていなくてもよいと感じたからです。どなたか持つべき人に持ってもらいたいとそう思いました。

わたしはかつてコレクターでしたが、いまは使う可能性のある駒だけを手元に置いています。コレクターとしてこの駒を見れば、手元にぜひ置くべきと考えますが、わたしは自分による新しい基準によって手放してしまったわけです。

いま思うとちょっともったいなかったという気はします。この作に見合う金額ではありませんから。それは最初から分かっていたこと。ですから、この駒を手放したのはお金のためではないのです。もちろん、お金のために手放した駒はいくつもあります。



それにしても、この作、見事なもんですね。

この駒、手に入れた最初は砂埃を被ったような状態でした。そこから、乾拭き磨きを重ねて写真のような状態になりました。それをしているときは、お金に変わる駒じゃないからずっと持っていようと思っていました。

いまとなっては、わたしにとっても、まぼろしの彫駒となりました。
どこでどうしていることやら。

 

キコリさんのまぼろしの駒

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月26日(土)01時39分54秒
編集済
  拝見しました。さすがはキコリさんの駒だけあってどちらも並みじゃありませんね。

ところで、わたしの言う「まぼろしの彫駒」は多少というか非常にというか本来の意味に対して緩い使い方をしています。これをご覧の皆さんにおかれましては、あまり目くじらを立てることなく大らかにお願いします。



画像のこういう駒は見る目さえあれば、運良くオークションで手に入る可能性がある駒でもあると思います。ですから彫駒は面白い。

注目は作の内容です。商用とは距離を置いた私的な作。繊細だけど大胆で個性的。興味深い作ですね。ただ、この作風、極希ですがどこかで見かけた気がするような..思い出せません。

 

RE:まぼろしの駒2

 投稿者:キコリ  投稿日:2015年 9月25日(金)18時40分27秒
編集済
  続いて出させて頂きます。

これは、彫り駒ではありませんが、福井勘兵衛の揮毫のある桐箱に入っており、先日ご紹介をした福井勘兵衛の盤覆いの揮毫の盤と一緒に出てきた彫り埋め駒です。

盤の時の話と一緒で、これが本当に福井勘兵衛が作ったのかと云えば違うでしょう。前澤一得が誰かに作らせ、勘兵衛の金子の為に用意したものですが、さてこの作者、皆さんは誰だと思いますか?私には一人だけ思い当る人物がおります、まぼろしの人物です^^。

そう云う意味では、これも「まぼろしの駒」だと思っております。

この2組の駒は「まぼろし」ゆえに一切手を掛けてはおりません。一部色が違うのは前の所有者が拭いた為でしょう。
 

RE:まぼろしの彫駒のススメ

 投稿者:キコリ  投稿日:2015年 9月25日(金)18時31分44秒
  さて、件の奥野の駒に200万円の経済価値があるのかどうかはともかくとしまして、「非常に稀な良い駒」である事は確かです。

幻の駒との事なので幾度か紹介をさせて頂いた幻の駒を。
この駒は、梁山泊さんより頂いた駒ですが、作者銘があるにもかかわらずその作者が解りません。ただ、目くら彫りのこの駒には妙に引き込まれる何かがあります。書体の面白さ、彫りの鋭さ等々、私にとっては「まぼろしの駒」ですね。
 

まぼろしの彫駒のススメ

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月24日(木)00時05分17秒
  皆さんにも「まぼろしの彫駒」をおすすめしたいです。

なぜって、彫駒ならそんなに値段が高くはありませんからね。多くの人が目指せます。もちろん、使う駒をお探しの方には、こんな付加価値は余計だと思います。自分の手に馴染み心置きなく使える駒が一番よいと思います。

まぼろしポイント:

① 数が少ない        (とりあえずは噂の範囲で)
② 作者がスペシャル  (同じ銘の中でも少ない作者)
③ 作の内容が凄い    (これは見る目を養うしかない)

まぼろしなんて大げさな言葉だから、抵抗を感じる方もおられるでしょうが、まぼろしの程度もピンからキリ。気にせずいきましょう。余裕を持って、言わせておけばよいってことでどうでしょう。

②はちょっとわかりにくいと思いますが、たとえば、梅水という銘があったとして、実際に彫ったのは誰かということです。梅水はわたしですが、梅水工房でわたしが一番たくさん作って腕もそれほどでもなければ、わたしの彫は避けましょうっていうようなことです(笑)。

 

RE: RE*まぼろしの彫駒シリーズ「奥野錦旗」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月23日(水)23時29分40秒
  わたしは、この駒の経済的価値が200万円以上だと言いましたが、いまわたしには、そのようなお金を駒に出す余裕は全くありません。しかし、仮に余裕があったとしても、今後は、駒にそのような金銭を出すことはないでしょう。

それは、そのような金額を出した方が、それを持つべき人なのでしょう。いまのわたしは、持つべき人が持っていてくれればそれでよいのです。ただ現在は、個人の手の中で埋もれてしまっているようなのが悲しいですね。どうだ!と写真などをあげて自慢をしてもらいたい。

そうすればわたしなどは、おっしゃるとおり素晴らしい!参りました。拍手・拍手となるわけです。しかし、自慢などすれば悲しいかな妬む人間が必ずいるもので、朝鮮人は恨みの文化、日本人は妬みの文化というそうで、そういうものがこの世からなくなればよいのですが。

さて、この後、オープン掲示板では「まぼろしの彫駒シリーズ」を少し続けてみたいと思っています。①武山作、②奥野作錦旗と注目してみましたが、③初代天一作、④影水作金龍、⑤桂山作竜司書、⑥駒権作 なども改めて取り上げてみたいです。

どれもその数の少なさよ。わたしの興味は常に、数の少ないものに向いてきました。お金さえ出せば来月にも手に入るようなものは、あまり指向しませんでした。もちろん、興味はありますし悪いとは言いませんが、わたしの場合はそこには向かわなかった。

もう一つ。誰にも既に認知されていて、誰でも価値を知っている。そういうものではないものに興味を向けてきました。

ところで、「桂山作竜司書彫」というのは、この世に三組だけと聞いておりまして、実際にオークションなどでも見たことがありません。しかし、「桂山作竜司彫」がオークションに2~3度(あるいはもっと?)出てきました。「竜司書」と「竜司」の違いなだけなのですが、わたしに言わせるなら、作の内容がずいぶん異なります。

皆さんも「竜司書」が出てくるかどうかご注目ください。貧乏なわたしですが、この竜司書を手放す予定はありません。他に二組のみというのは本当なのか、わたしも興味深く注目しています。

 

RE*まぼろしの彫駒シリーズ「奥野錦旗」

 投稿者:梁山泊  投稿日:2015年 9月23日(水)00時59分58秒
編集済
  画像の駒と同じく、まぼろしの彫駒で奥野作錦旗の駒は10年程前に
鵜川氏から、私が上京する度に何度か拝見させて頂きました。
あの駒は肉厚、大振りで、タップリと面が取ってあり、彫りの
勢いが凄く、ザックリと彫ってありその後何度か、奥野作の錦旗の彫りは
拝見させて頂いていますが、あの迫力を感じた奥野作錦旗の彫りには出会っていません。
梅水さんのあの駒は何度かご覧になっていますね。
 

まぼろしの彫駒シリーズ「奥野錦旗」

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月22日(火)23時38分44秒
  奥野錦旗の彫駒というのは、一時期はオークションに何度も出てきましたね。
だけど、こういうのは出てこないでしょう。紛れもない一級品。ピンの駒です。



作者名と書体名が同じならば、あっ、これ、まぼろしの彫駒だ! なんて言わないでください。作の内容が大切なんです。それを含めて「まぼろしの彫駒」と言えるのだと思います。

で、これぞ、まぼろしの彫駒。誰にも文句は言わせません(笑)。わたしが思うにこの駒の経済的価値は200万円以上。300万といわれても異論はありません。何がそんなに凄いのか、分からぬ者への説明は難しい。

さて、わたしがお金を持っているころ、これほどではありませんが、奥野錦旗彫の一級品を80万円で購入しました。しかし、後で気づいたのですが、銀一枚の背丈がかなり短い。売り主は分かっていて誤魔化して売ったのだと思います。わたしは駒を返品したことが一度もありませんでしたが、この時初めて翌日に返品しました。

しかし、返品したのはもったいなかったかもしれません。
今となっては、それも正に、まぼろしの駒となりました。

 

無銘のダンディズム

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月22日(火)22時57分39秒
  さすが梁山泊さんですね。よい駒をお持ちです。



奥野風の無銘駒は結構見かけますが、これはそれらとは一線を画すなかなかの作ですね。
大切にされているというのにも頷けます。



さて、↑これはどこで拾ってきた画像(写真の著作者からご指摘があれば削除します)か忘れましたが、無銘武山としてありました。

武山が彫ったのではありましょうが、しかしいま、よく王と玉(角もそうですね)を見ますと、武山の書体作風ではないようです。初代天一風にも見受けられます。(ちょっと斜めで見にくいのですが)

このような駒を鑑賞しながら、無銘を生んだその時代背景に思いを馳せるのも乙なものです。

 

無銘駒

 投稿者:梁山泊  投稿日:2015年 9月22日(火)20時34分59秒
編集済
  駒には作者銘と書体銘が王将(玉将)の駒尻に彫って(書いて)ありますが、上彫駒は
楷書体で特定の書家が書かれた訳ではありませんから、書体銘は書かれていませんね。

私の場合はこの楷書体の駒は過去に1組購入したのみです。駒権作の歩兵彫りがその駒です。
この様な楷書体の駒は将棋倶楽部でよく見かけますが、駒文字が中央に集中していますから
長時間の対局にも目が疲れない駒ですね。

私が現在持っている無銘駒は作者名もありませんが、奥野所縁の駒として大切にしています。
書体は武山作の錦旗とほぼ、同じですが時代は私の方が20年以上古いのは駒の厚みからも
ご理解頂けると思います。


 

影水作 錦旗彫埋駒

 投稿者:梁山泊  投稿日:2015年 9月22日(火)20時02分59秒
編集済
  2年程前に彫りの素晴らしさに影水作錦旗彫埋駒の相場(ヤフオクの落札価格)の
2倍程出して購入しました。(榧の柾目盤と小笠原桑の1本脚駒台付)この駒は
梅水さん所蔵の影水作金龍書彫埋駒と同じ製作年代の駒ですが、斑入り柾目と表現
するのが相応しい木地です。

3枚目の画像は付属品の駒台ですが組立式です。又、この駒台は紫檀製と思っていましたが、
鵜川善郷氏のご指摘による小笠原桑と判明しました。小笠原桑は絶滅危惧種で非常に貴重な
材です。

 

わたしの武山

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月20日(日)23時03分17秒
  お馴染みの武山作彫駒の写真ですが、わたしが所蔵する3組を一緒にした写真は未公開だったと思う。左から、武山作錦旗彫、武山作天童楷書彫Ⅰ、武山作天童楷書彫Ⅱです。ⅠとⅡは同じ書体の彫ですが、写真ではわかりにくいと思いますが駒の大きさが違います。作のレベルも違います。どちらがどうかは想像してください。



 

RE: 銘の大切さ

 投稿者:梅水  投稿日:2015年 9月20日(日)21時56分43秒
  tsurukiさん、お世話になっております。いろいろと恐れ入ります。また、レスをいただけてうれしいです。

ちょっと言い訳をしておきたいのですが、無銘を好むことへの批判的な気持ちは皆無です。結論的なことを申しますと、銘ありもよし、無銘もよしと思います。無銘を好むことにはある種のダンディズムがあるように感じます。しかし銘もまたある種の価値が間違いなくあるわけで、どちらを好むかは、これは人それぞれ、あるいは同じ人でもときによって、風向きによって(笑)、変わってくる話だろうと思っています。

わたし個人の立場を明確に申してみますと、銘の有無はその作の本質には関わりません(当然といえば当然ですが)。つまり、tsurukiさんのおっしゃるとおりであり正しいのです。ただし、銘には価値があり、その価値の多くは経済的価値であること。また、その価値に占める割合は小さいとしても、もっと大切なことは作者が駒尻に自分の作であることを確かに刻んだということ(当たり前だ、それが銘だ・笑)。銘を刻まなくてもよい作ではなかったということ、それを明示しているということ。あと、運よく銘を刻めたということ(どゆこと)。

いずれにせよ、tsurukiさんがおっしゃるとおり、どちらでなければならないということではないと思います。
どちらのタイプにも魅力がありますね。

 

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