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Re: ジョウビタキの縄張り

 投稿者:池田作太郎  投稿日:2018年 1月24日(水)01時24分58秒
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  ありがとうございました。

どうやらごく普通に見られる行動のようですが、初めての経験でした。

散歩をする習慣がなく、この時期に外を歩くのはゴミを捨てに行く時だけ。

おまけに、ゴミの集積場までの距離はせいぜい50mで、そこに行くのは夕方5時以降。

というような生活を続けているわけですから、それも当然のことかもしれません。

ちなみに、そのジョウビタキの縄張り行動を観察したのは、月に一度行われる常会の溝掃除の帰りでした。






 
 

ジョウビタキの縄張り

 投稿者:水田國康  投稿日:2018年 1月23日(火)11時48分28秒
返信・引用 編集済
  冬期のジョウビタキは雌雄いずれも1羽ずつの縄張りをもつようです。前に言うたぼくとこでは、♂が♀を追い払ったのですが、逆の場合・同性間の争いもあるのではないかと思っております。
2015年3月29日の午後ずっと、家の菜園で作業していた時、大陸へ帰去途中の個体でしょうか、1羽の♀がやってきて耕している傍につきまといます。試みに掘り出した蛾の蛹をやりますと、すぐに食べました。また、ハサミムシを投げてみると、これもぱくり。そして、近くの枝にとまって見ています。一鍬ごとに跳び下りてきて、何かないかとうろちょろするので、危ないから手で追うと、またその枝にとまります。それから、羽をこきざみに振るわして、おねだりのポーズ。この個体、どっかで人擦れしていたのでしょうか・・。その後、何匹も虫を食べていました。
このシーズン中の居付き個体は♂やったのですが、最中にこの♂も来ました。すると、こいつは猛烈に突きかかって、在来♂を追い払うこと2回、♂はその日はもうよう来ませんでした。翌日からは、この訪問♀は見なくなったのですが、♂はまた相変わらずやってきてぐぜっていました。
 

Re: 鳥3題

 投稿者:池田作太郎  投稿日:2018年 1月23日(火)08時37分5秒
返信・引用
  我が家の庭にも毎年ジョウビタキがやってきます。
鳥のことにうとい濶美が「紋付き」といえばジョウビタキの♂の異名であることを知っているくらいによく姿を見せてくれます。
例によって記録していないのですが、4、5日前に家の前の空き地で不思議なものをみました。
チンチン鐘を叩くような音がさかんに聞こえるので「なんやろう?」と見ると、二羽のジョウビタキ♂がにらみ合っているのです。
それがつつき合いになり、取っ組み合いになりで、その数分間、雪がちらつく中、僕は身じろぎすることがはばかられるようで固まっていました。
不思議に思ったのは「縄張り争い?繁殖期でもないのに?」ということでした。
先生の投稿を見て「ふーん、そういうこともあるんや、、」と、とりあえずは納得しました。
ただ、この時期、アトリの群れやカラ類などの混群が仲良く?行動していることを思うと、なんで?という疑問は残ったままです。



 

ウグイスの巣

 投稿者:水田國康  投稿日:2018年 1月 9日(火)10時26分23秒
返信・引用 編集済
  昨年12月、居間前の庭の蝋梅や白梅の伸び放題の徒長枝を剪定した時、気付きました。そのすぐ向うの椿の枝(高さ2m30cmほどのところ)にウグイスの巣。今冬はその時まで蝋梅の枯葉がまだついていたので、居間からは見えなかったのです。今日、確かめました(写真1・2)。完全な巣で、おそらく無事巣立ったものと思われます。そう言えば、昨夏には “今年は夏でもウグイスが畠や庭でよく鳴き、たびたびうろうろちょろちょろするなあ” と何回か満里と話していたのです。まさか、ぼくとこで営巣するとは・・!
ウグイスは例年には夏になると、団地土手下の林や隣接する林の界隈で活動しているのです。ぼくとこ藪になってしもたんやろか。

追伸:思い出しました。2017年7月8日の中國新聞に ‘団地の庭 ウグイスの巣’ とのカラー写真付きの記事がありました。しかも、給餌に巣に戻ってきたウグイスの下に、呑みこみそうな大きな口を開けてるのはホトトギスの雛!うらやましい、ぼくも見てみたい。ぼくは昔に鏡山裏でハッチョウトンボ観ていた際、畦道横の小川の上にウグイスの巣を見つけました。毎日1卵ずつ3卵産んだ段階で、ホトトギスの卵!ものすごく期待していたのですが、この時は誰か(おそらく人間)に4卵とも盗られ、それきりでした・・。
 

ハレの日・その他

 投稿者:水田國康  投稿日:2018年 1月 8日(月)15時49分39秒
返信・引用 編集済
  今日の昼NHK・TVの再放送で、ぼくがもう1回は見たいと願っていた番組‘戦時中の近衛秀麿(1)’がありました。番組自体がUSA軍の尋問の調書が基になっているのですが、この前見た時には、この尋問官(将校)のことでぼく感銘を受けていたのです(vii-21,2017ぼく投稿文)。彼の名前が今回確認できました。フレデリック・ニューマンさんでした。

おもしろかったのは、中休みのNHKニュースの中の事件の1つでした。秀麿さんの番組には全く関係ないことですが、今日成人式に予約していた振り袖晴れ着販売・レンタルの晴れ着屋が着付け会場のホテルにやって来なかったことです。すなわち、契約を無視してこの晴れ着屋夜逃げしてしまったのです。言わば、確信犯ですね・・。
 

鳥3題

 投稿者:水田國康  投稿日:2018年 1月 5日(金)15時16分37秒
返信・引用 編集済
  本年も何とか乗り切りたいと祈願します。
表題のことは大したことではなく、うち2つはこれまでの補遺です。1つめは、xii-13,2017の畠の孔。ハシボソガラスによるものと思いますが、数えてみますと、よく見たら6畝に計433個(内訳は218・126・6・12・8・63個。見落としがあるので、これより少し多いと思われます)でした。1日間の仕業、何やったんでしょう・・?
今冬のジョウビタキ初見はx-27,2017と報告しましたが、これが居付いたようです。居付きかどうか判断を保留していたのは、年により複数個体(2個体)が縄張り争いをすることがあったからです。2011年には、11月に♀(様)が来ていましたが、12月初めに♂がやってきて、追いかけ合いを連日続けて、やっとxii-20からは後からきたこの♂だけになりました。2008年には、x-17に♂、x-19に♀(様)が来て、以来xi-14まで追いかけ合いの喧嘩!? xi-2になんか、2階屋根で取っ組み合い、組み合ったそのまま地面に落下したこともありました。xi-15から♂だけになり、これが春まで居つきました。
今冬のツグミはxii-19,2017に8羽(の群)を初見、以来ぽちぽち見かけています。ツグミの初見など注意するようになったのはここ数年です。それまでは、いつでも普通に見られると思ていたのです。しかし、この思い込みは間違い、年により飛来日の早晩・飛来数の多少があることを知ったからです。2011~12年には、2012年1月でも見かけないことに気付き、それからは近所あちこち探索していたのですが、やっと飛去期のiv-5・6・8,2012にそれぞれ1羽を確認しただけでした・・。
 

柚子しぼり

 投稿者:水田國康  投稿日:2017年12月29日(金)11時12分31秒
返信・引用
  コメタニさん、お気遣いありがとうございます。
昨日、柚子を搾りました。搾り汁を冷蔵庫に保管しておけば、何時でも使えるのです。155個しぼりました、およそ700mlが2瓶です(写真2)。柚子は果皮に芳香成分を含んでいるから、皮ごと搾らなくてはなりませんので、写真1のような搾り器を使用しています。1個ずつ煎餅焼くように挟んでしぼります。この器械、ぼくが板端切れで作りました。
今年の柚子は無数とは大げさな形容ですが、たくさんできました。他家へ220個ほど貰われて行き、もうこれで400個余摘みましたが、まだ200個以上は木に着いています。
 

引っ越ししました

 投稿者:コメッチ  投稿日:2017年12月29日(金)08時06分29秒
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  私が今まで住んで居た借家は古民家で雨漏り、そしてシロアリの大発生で大家から出て行って下さいと言われ、一昨日ようやくアパートに引っ越し完了させました。引っ越し先は200メートル離れたアパートです。古民家は大きな一軒家でしたが、新アパートは4分の1くらい。このスペースに荷物を押し込んだ状態で、今は寝る場所の確保に苦戦しています。なお、新住所は以下のホームページに掲載しています。
http://www2.bbweb-arena.com/kinaga-y/
そんなこんなで、新住所お知らせの年賀状は15日に投函してしまいました。
先生、ごめんなさい!!。喪中の葉書が25日に到着。最後になりましたが、心よりご冥福をお祈りします。
 

Re:シンジュ

 投稿者:水田國康  投稿日:2017年12月22日(金)10時59分59秒
返信・引用 編集済
  インタネットWikipediaによりますと、高山樗牛は荘子の樗の木の故事に基づいて、この号(筆名)を若い頃から用いたとありました。謙遜・謙譲していると言うことでしょうか。
シンジュの木はJR広島駅北口側に街路樹として2・3本あったのを覚えていますが、あのあたり現在工事中なので、今でも残っているやろか。千田町の旧・広島大学構内には何本かありました。1971年秋やったかに同所でシンジュキノカワガ成虫を初めて見ました。きれいな個体2匹を見たので探索すると、少なくとも総合科学部構内の1本の木に食害を認めました。広島大学内で世代を繰り返したものと判断しました。当時院生で虫を趣味でやってる学生はこのことに気付いていなかったので、知らせてやりましたが、彼が広島県初記録?として報告したようです。
 

昆虫少年

 投稿者:水田國康  投稿日:2017年12月21日(木)11時55分11秒
返信・引用 編集済
  今朝の朝日新聞、毎週定期的に書かれる生物学者のコラムは『昆虫少年の発見』でした。それから抜粋します。 “小学生のある日、小さな緑色の虫を採集した。どんな図鑑にも載っていない。新種を発見したと確信した私は、上野の科学博物館に持ち込んだ。・・面会した先生は、拡大鏡で調べてから言った。これはありふれたカメムシの幼体です。がーん。//新種発見の夢は淡くも潰えたが、帰り道、私は朗らかだった。もう一つの発見をしたからだ。虫を研究する「仕事」がある!・・//ドリトル先生のようなナチュラリストになりきれなかった自分を少し悔やんだ。” 科学博物館の専門家に尋ねた言うことは、ちょっと矛盾していますが、これ(これらの専門家は昆虫研究を仕事にしている、と言うことに気付いていなかったと言うこと)は幼い小学生だったからでしょう。
じつは、ぼくは2001年に珍しくどこかの小学校上級生の課外講義に招聘されたことがあり、『私と昆虫、あるいは昆虫の多様性』と言うような題目でしゃべりました。その際の講義録に、 “・・小学校4年生の時に、キョウトアオハナムグリの雄を1匹採集した。私にとってはそれまでに見たことがない種類だったから、てっきり新種にちがいないと思った(その頃は現在のように手近に図鑑類が無かったから、昆虫の名前は自分たちの呼び方・方言で名付けていた。私はそれで良かったと思っている・・)。学校へ持っていって先生に調べてもらうと、それにはキョウトアオハナムグリと言う名前がすでにつけられていた。私はたいそうがっかりした。それから、凸版印刷の大図鑑を示された。私はそれを見て驚いた。それまで新種と思っていた種類のほとんどがちゃんと掲載されているではないか。その時に驚いたということは、こんな「虫けら」についても調べられている。つまり研究されているということを知ったからである。その頃の私は、職業といえば、家で何か売っているか・弁当を持って役場や警察署や学校に出かけることだと思っていたのである。だから、昆虫を調べる職業があるらしいことを知って、感激したのである。このことは、先ほどの新種でなかったことの残念さをとおりこして、私にとっては大きな喜びとなった。私は‘大きくなったら昆虫の研究をしよう・昆虫研究を職業にしよう’と決心した。//小学校5年の時、家にあった平野威馬雄の「昆虫の詩人・ファブルの生涯」を読んだ。そして、私もファーブルのように昆虫の生活を調べようとの意志を固めた。//中学校1年生になってから、小遣いを貯めて岩波文庫の「ファーブル昆虫記(全20分冊)を買い始めた。・・”
北杜夫さんは2007年に『ファーブル昆虫記との出会い』というエッセイを、集英社のファーブル昆虫記・第9号月報に書かれています。それによりますと、ぼくは中学生までは北杜夫さんと同様だった、ことが判りました。
ぼくは得な性分で、論文も書かずに好きなことだけをするナチュラリストとして過ごしてきたことを感謝しております。しかし(だから)、上のお二方は、北杜夫さんはもちろんのこと、今日の新聞の執筆者の生物学者も世間に知られるように偉くならはったことです。これはぼくとは大いに異なるところです。
 

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