teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


この孔は何や?

 投稿者:水田國康  投稿日:2017年12月13日(水)12時46分34秒
返信・引用 編集済
  昨日朝、畠の2畝(ニンニクを定植してある)に、箸か細い棒でつついたような孔が無数(200ほど数えて止めましたが、その倍はある)にありました(写真)。直径1cmくらいで深さは平均3cm余(径ちょっと太いので深さ6cmから浅いので2cmほど)。
それ以外の痕跡が見つからないので、何者の仕業か判明しません。足跡ないけれども烏やったら、何のためにこんなに数多くつついいたのか、その理由がわかりません・・。誰か人が悪戯でつつきまくったとしかおもえないほどです。
今日はそのまま、増えてはいませんでした。

余談です。昔、誰かを奈良市内の古寺に案内した際、新薬師寺やったかの土塀に無数の孔。彼は“誰や!こんなに無数に飽きもせずに孔開けたのは?”と人間がコウモリ傘の先で突いた思っていたのです。よう見たら、蜂があちこちの孔に出入りしています。そうです、ケブカハナバチの巣やったのです。
 
 

 投稿者:水田國康  投稿日:2017年12月 6日(水)06時06分38秒
返信・引用 編集済
  去年の小学校同窓会の際、朝日新聞の朝日歌壇に地元・大和郡山市の人(男性とみなされる)の歌がよく当選している、しかも、地元のことを詠んでる歌が多い、と話題になりました。
この12月3日の同窓会でぼくの隣の椅子に座った女性は、朝日新聞を購読していないので、昨年にその話を聞いてたいそう興味を持ち、図書館のバックナンバーで見つけた彼の短歌を書き抜き、そして、歌われた場所をわざわざ見に訪れたりした、と言うてはりました。
それで、その短歌の一つ“カルチャーの帰りは樗の木の下かげ高山樗牛に話が及ぶ”の‘チョの木’とはどんな木?と質問されたのです。ぼくはかねがね興味があったので、“この短歌の作者はどんな種類を指しているのか、そして高山樗牛の筆名の由来も知らないけれども、樗は‘オウチ’と読み、中国原産で公園樹・街路樹として持ち込まれたシンジュ(あるいはニワウルシとも呼ばれる)のこと。センダンの‘オウチ’は楝と書き、これとはまったく別種である”と即座に答えました。そして、“樗の木は、荘子では、大木になるけどその材は何の役にも立たないとされている。しかし、何にも使えないから切られずに残り、大木になって木陰を与えてくれる。人間でも、樗材と思てる(謙譲している)人でも、どっかに人に役立つ良いところがある、と記されている”、と説明しました。
なぜぼくがこのようにすぐに応答できたかは、南方熊楠関係で拘っていたからです。前にも言うたように、南方熊楠はセンダンが好きやったようで、亡くなられるまで住んでおられた家にも植えられていたそうですし、臨終間ぎわにも、紫色の花が天井いっぱいにきれいに咲いているので、このままそっと寝かしといてくれと言われたそうです。ところが、ご進講の翌年かの熊楠の書の“ありがたき御世に樗の花盛り”を見て、ぼくはこの樗にひっかかっていたのです。おそらく、ここではセンダンの花のことを詠んでいるはずやのに、シンジュの‘オウチ樗’が使われているからです。熊楠は十二支考だけでも5つの干支の計7か所に荘子を引用されているくらいやから、前掲の故事はとっくに知ってはるはずやのに・・。ぼくはこの辺りの事情を、ちゃんと知りたく思ております。
余談です。ぼく退職した頃、建設省の水辺の生きもの調査で、芦田川の鳥類調査にアルバイトで雇われて手伝いしたことがあります。季節はちょうど5月中旬で、平地をゆっくり流れる川のそばに、太田川と比べても数多くのセンダンの樹が遠く近くあちこちに咲いていました。濃いや薄いの白紫色の雲を冠ったようで、その景色はまさに夢の中のような風情でした。それゆえかどうか、センダンは福山市の木と制定されていることを、後日に知りました。
 

悪筆

 投稿者:水田國康  投稿日:2017年12月 5日(火)11時06分13秒
返信・引用 編集済
  今朝の新聞の‘天声人語’に、悪筆のことが記されています。筆者の天声人語氏は“自分は下手だが・・、立派な人の字が下手だと、申し訳ないが、ほっとする。博物学の巨人、南方熊楠もなかなかのものだったと最近知った。・・”とあります。ぼくは下手くそやと自覚していますが、書道を知らないので、自分の字が下手やと自信をもってわかっていても、どのように下手なのか解りません。と言うのは、熊楠の字は図版の写真などで数多く見ておりますが、自称されるほど、それが下手だとは思っていなかったのです。行書とか草書の態はなしていないのかもしれませんが、独特な字やと思っていたのです。
熊楠のことについて、つい先日(12月3日)の小学校同級生会の折りに、出席の男性に“中学2年生の夏休み前の、熊楠についての講演会(本欄2017年3月30日に‘南方熊楠の話’として投稿しております)覚えてるか?”と尋ねたところ(全員同じ中学校やったのです)、同席の数人は“そんなこと全く覚えていない!”と誰一人として記憶している者はいませんでした。その時、笑ろたに違いないのに・・。
 

南方熊楠引用文献学

 投稿者:水田國康  投稿日:2017年11月30日(木)08時16分16秒
返信・引用 編集済
  おけら2016年12月30日掲載の‘南方熊楠の引用文献’で、ぼくが言う‘南方熊楠引用文献学’はすでに澁澤龍彦さんによって提唱されていると紹介しましたが、澁澤さんの著作をほんとんど読んでると自称する?友人は “それは知らなかった” と言うていました。ぼくは当時、1985・6年に平凡社の南方熊楠全集(初刊は1975年)を共通図書として図書館で購入されていたので、それに挟まれている月報に載っていたと思い込んでいました。なお、ぼくは自宅では、当時出た(1984年初版)南方熊楠選集は全集の1/4ほどの価格なので、それで我慢していました。そのかわり、学校図書館で全集を買うてもろたのです。
市立図書館に尋ねてみますと、月報は各巻に貼り付けてあるとのことなので、昨日に市街へ出たついでに、図書館で調べました。ところが、全12巻の月報をみましたが、載っていないようでした。それで、澁澤龍彦全集全22巻・別巻2巻を繰ってみますと、巻22のp461に‘南方学の秘密’としてありました。また、同全集巻11のp199に‘悦ばしき知恵あるいは南方熊楠について’なる一文もありました。しかし、この全集は河出書房新社から1993-95年に発刊されたものです。また、これらの2文は河出文庫(2009年)の‘澁澤龍彦 日本作家論集成 上下’の上にあらためて収録されていますので、手近でみることができます。したがって、1986年頃にぼくはどこで読んだんやろ、おそらく初出文献と思われますが、それが判りません。
それはそうと、上記の2文からぼくが注目する文章を長くなりますが以下に抜粋します。“しかし私が注目せざるを得ないのは、南方が生涯を通じて、自分の立場を国家や家やアカデミーなどのそれと、一度も結びつけて考えたことがなかったという点である。簡単に言えば、彼にはインテリの自覚が欠けていたのである。無責任だったのである。//〔ぼく注://は段落。以下同じ〕ちなみに言う。私はインテリという言葉を良い意味で使ったことは一度もない。無責任という言葉を悪い意味で使ったことも、一度もない。//この無責任の立場、自由の立場は、南方の博物学者としての立場と、みごとに釣り合っていると言えよう。その体系を欠いた博覧強記は、権威によって拘束されない無私の情熱、無償の情熱の結果なのである。無責任、無邪気、無私、無償 --- これらは南方熊楠の頭上に冠すべき輝かしいエピテート(形容語)〔ぼく注:epithet〕であろう。”、“学問や知識とは、苦しみながら摂取するものではなく、むしろ楽しく悦ばしき含蓄をもつものであるべき・・”、“・・南方熊楠のような、たくわえた厖大な知識を整理せずにノンシャランとぶちまけた・・”、“・・彼の繰り出す漫言放言・・”。
ぼくが言う “南方熊楠は、・・自分自身の学説・思想体系、つまり自分の世界が構築されていなければできないことだと思う。” このことと、上記の澁澤さんの言う “厖大な知識を整理せずに、・・ノンシャランと・・、漫言方言・・” とは矛盾するものではありません。だからこそ、熊楠の世界を理解するための一助として、引用文献の検討が必要と思う訳です・・。
ちなみに、市街へでかけたのは、県立美術館で開催の元陽展に、満里が初めて描いた水彩画が一般公募で出展されているのを見学に行ったのです。
 

キウイフルーツ

 投稿者:水田國康  投稿日:2017年11月29日(水)10時10分47秒
返信・引用
  ぼくとこの今年の生り木で言い忘れていましたが、キウイも実がなりだしてから2年めで、今年は50個ほどできました(写真)。食べられるまで後熟させるのが面倒です。中国は武陵源で野生や園芸品種の実を道端で販売されてましたが(iv-9,2017にこの欄で報告)、あちらではそんなに早くどのようにして後熟さしてるんやろ・・。  

干し柿

 投稿者:水田國康  投稿日:2017年11月24日(金)10時44分24秒
返信・引用
  西条柿の干し柿、今年は293個干しました。先日来、満里は毎日2・3個食べています。2階の物干しのやつは、雀がつつきだしたので、室内に取り込みました(写真1)。
干し柿、まだ柔らかいほうが好きか、もっと干して硬くなったほうが好きか。ぼくの亡母と満里は柔らかいのが好きです。それで、満里今のうちにシール袋に入れて冷蔵庫で保管すると言うています(写真2)。ぼくはこちこちに乾燥したもの(写真3がそう、2015年のもの)でも好きです。
これまで周りの人たちにたずねたところ、11人が柔らかいのん・2人(ぼくを含めて)が堅いのんが好きとのことです。
 

地球温暖化防止あるいはアル・ゴアさん

 投稿者:水田國康  投稿日:2017年11月19日(日)09時17分16秒
返信・引用 編集済
  安倍アラートで大げさに!?騒いで、軍備拡張できると喜んでいたら、USA大統領が来て、ますますそれが確固たるものになりました。その際、同類の安倍さんはトランプさんに気に入られたい・お友だちなりたいので、USAと協力して‘石炭発電所と原発の建設を世界に広げる’ことに同意しました。ちょうどその頃、ボンで温暖化防止の国際会議COP23が行なわれていましたが、それの場外参加(加盟国の代表としてではなく)の市民団体から、日本は個と団体で‘化石賞’をダブル受賞しました。現実に、日本はインドネシアのジャワ島(ぼくらつい先頃に観光旅行で行ってきました)で大型石炭火力発電所建設を支援しているのです(地元で反対している人たちが日本まで来て反対デモしてましたね)。もっとも、安倍さんからすれば、‘こんな人たち’の言うこと・することやから、相手にしないでしょうが・・。
ボン会議は先ごろ終了しました。それには場外参加で、USAから温暖化防止に賛成する十指に余る地方公共団体、州や市町村および企業が参加していましたが、いっぽう、トランプさんのお友だち・後援者のUSA最大の石炭会社も参加し“今後も石炭に頼らざるをえない”とアピールしました。これらはぼくの思うUSA民主社会の例と感心しました。しかし、この石炭会社は多くの参加者から総スカンをくろてたようやけれども。
そしたら、昨日の朝日新聞beにアル・ゴアさんが大きく登場されました。現在もっと活動中とのことですが、それに賛同するいわゆるゴア・チルドレンの多くの人たちが今回のCOP23でも活躍されていたようです。チャイルドと言うても、小池チャイルドなんかとはえらい違いや、とぼくには思えます・・。
 

今年の生り木

 投稿者:水田國康  投稿日:2017年11月 9日(木)18時07分19秒
返信・引用 編集済
  今年ぼくとこのなり木(果樹)は当たり年、たくさん実りました。そのかわり、いずれも小型ですけど・・。
西条柿は、吊るし柿簾(写真)は30本ですから、実は250個くらいは干していますが、他所へあげたのが150個、折れた大枝に100個以上ですから、計500個はできました。富有柿の老木にも60個余着果しました。毎日2個ずつ食べてます(写真)。田舎レモンは4・50個、夏蜜柑2本ともそれぞれ40個余、金柑は鈴なりです。柚子は数えきれないくらいできています(写真)。それから、前に言いました、無花果も100個以上食べました。
柚子は皮ごと絞って汁をとります(冷凍保存します)。それから、残りかすでジャムをつくります。夏蜜柑は生食してから、一部で1年分のジャム(ママレード)を作ります。
 

ぼくとこのハツカネズミ

 投稿者:水田國康  投稿日:2017年11月 8日(水)13時33分58秒
返信・引用
  この11月初め頃から、またハツカネズミが部屋の中を走り回るようになりました。トラップ篭をしかけました。ところが、写真1のバネ式トラップ篭では、餌のドライマンゴーをゴム輪で括りつけておいても、餌だけきれいに噛み取ります。体重が軽いので、バネの留めが外れないのです。5回食い逃げされました(写真にはこの4月になんとか捕まえたやつが入っています。1円玉・500円玉の直径はそれぞれ20.0mmと26.5mmです)。それで、写真2のモンドリ式を設置しました。晩遅くにかかっていましたので、明日そとへ逃がしてやろうとそのままにしておきましたが、翌朝見ると、いませんでした。それに、餌のビスケット3切れもきれいさっぱりありません。その日の昼にもかかりましたので、篭を持ち上げ外へ出ようとしたら、ぽとりと網の目から抜け出てしまいました。その後も、またかかっているなと暫くして見ると、またいません。どうも、篭の天井のモンドリからではなくて、篭の網目から出入りしているらしいのです。それで、かかるとすぐに篭を掴んで、なかで走り回って網目に頭をつっこむ前に、急いで縁から外へ出すようにしました。1時間もしないうちに見ると、もういませんし、残りの餌も残っていません。
このようにして、5日に2匹・昨日7日に2匹捕らえ、外へ放ちました。
ところで、網の目は大きい箇所で縦横12mm、対角線でも√2倍ですから17mmです(写真3)。このネズミ、いかに小さいか(可愛いか)が判るでしょう。
 

ジュウビタキの初見

 投稿者:藤浦薫  投稿日:2017年11月 4日(土)08時47分39秒
返信・引用
  篠山は霧につつまれて、秋から冬への足音が聞こえて来ました。
ジョウビタキのペチィペチィは10月の何時からか聴こえていましたが、さきほど♂の姿を見ることが出来ました。

4月から加西へ通っています。なかなか書き込み出来ません。
篠山は丹波黒大豆の枝豆が終わって、葉落とし、黒豆へと調整がはじまっています。
ヤマノイモも収穫がはじまって、ヤマノイモの葉焼イベント炎の祭りが明日あります。
11月もイベントがつづきます。

 

レンタル掲示板
/97