teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


お見込みの通り

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2017年 2月13日(月)20時29分26秒
  >オイレンシュピーゲルさん

お返事が遅れて申し訳ありません。
お見込みの通りです。

冗談にしては良く出来たと思って、嬉々として唐突に書いてしまったのですが、
妙に、説得力があって、冗談とわからないのではないかと危惧していたら、
たれっちから、意味わからんとツッコミが入りました。

オイレンシュピーゲルさんをだましたのなら本望ですが、
冗談としては失格でした。
 
 

あわなほうりょうへーん?

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2017年 2月 4日(土)12時39分26秒
  解説を聞くまで全く分かりませんでした。

放流斑、本気にしてました。いわれてみれば『抱きしめたい』が奇妙であったのですが。
 

パスワードは、ビートルズ

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2017年 2月 2日(木)20時58分2秒
  下の書き込みの、意味が分からんとたれっちに叱られた。
さほどの意味はなく、ただの戯言であります。
 

「抱きしめたい」な話

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2017年 1月28日(土)19時20分53秒
  本当に、ここだけの話だが、
ヤマメと並んで渓流魚として知られるイワナは、
養殖にはなじまず、一部で稚魚の放流などがなされているだけらしい。
それでも、放流されたイワナには独特の痕が残るものらしく、
専門家の間では、「岩魚放流斑」と呼ばれているらしい。
 

映画「聖の青春」を見る

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2017年 1月22日(日)13時19分14秒
編集済
  新年のあいさつが遅れました。
本年もよろしくお願いいたします。

--

将棋棋士・村山聖八段(贈九段)が29歳で亡くなったのは、1998年8月8日のことである。
その村山九段の生涯を記録したノンフィクション「聖の青春」を、
連盟機関誌「将棋世界」の編集長だった大崎善生が発表したのが、2000年2月である。
2001年には、すぐに新春スペシャルドラマとなっている。

その「聖の青春」が、2016年になって、構想8年という時間をかけて映画化されることとなった。
生前の村山九段が「いつか倒して名人になる」とあこがれていた若き名人・谷川浩司は、
日本将棋連盟の会長として棋界を代表する立場となり、諸事情によりその職を辞している。

それほどまでの長い時を経ても、「聖の青春」は多くの人に読み継がれてきた。
映画化が実現するまでに相当な時間がかかったが、それも必要な時間だったのだろう。

主演の村山聖役には、松山ケンイチ。
原作を読んで、村山聖を演じたいと熱望していたところ、
ちょうど進行していた映画化の話と歩調があったものであるらしい。
なんと20kgも太って、見かけからも村山本人に似せてきている。

「相手役」の羽生善治役には、東出昌大。
もともと将棋ファンだった東出は、プロ棋士の世界をよく知っているようだ。
羽生本人から譲られたという「当時、使っていたメガネ」をかけ、なかなかの羽生ぶりをみせる。
好きだからこそ、どんな立ち居振る舞いなら羽生らしくなるかを、きちんと心得ている。

ノンフィクションでもなく評伝でもない、あくまでフィクションとして制作されたこの映画では、
村山と対局する「棋士」としての役割は、ほぼ羽生に集約されている。
ともに高みを目指す仲間であるとともに、常に一歩先を進んでいる者として、
どうかすると、村山にとって、もっと知りたい憧れに満ちた存在としてとして描かれる。

それゆえ、終盤に置かれた、2時間以上の長廻しだったという羽生との最後の対局のシーンは、
その対局が粘っこく、体力と気力の限りを尽くしたものであったことを踏まえると、
「棋は対話なり」の言葉を逆手に取ったような、長大なラブシーンにも見えた。
ちなみに、その棋譜は実際に羽生との最終対局だったNHK杯戦決勝を再現しているが、
体調をいとわぬ深夜に及ぶ激闘というエピソードは、順位戦での対丸山戦のものだ。

一方、聖の「青春」の部分を引き受けたのが、先崎九段をモデルにした「荒崎学」で、
酒の席での乱行に同席するような、遊び仲間の無頼な若手棋士を柄本時生が好演する。
ついでにいえば、先崎九段は映画同様、村山の死の報を温泉旅館で聞いている。
ただ、酔いつぶれた村山が嘔吐したのは、佐藤康光九段の新車だ。

先輩棋士・橘正一郎役は、滝誠一郎七段がモデルとされるが、
安田顕は、むしろ真部一男九段を思わせるオシャレな中堅棋士として演じてくれた。
師匠の森信雄七段は実名での登場だが、リリー・フランキーはそっくりの風貌だし、
人情味あふれる師匠ぶりは好演とされるのだろうが、なぜか私的にはしっくりこなかった。
関西的な「緩い感じ」があまり感じられなかったせいだろうか。

それはともかく、映画を観終えてまず感じたのが、感謝だった。
私が最も熱心な「見る将棋ファン」だった時代の鮮烈な記憶として、
棋士・村山聖の登場、鬼気迫るような棋譜と壮絶な死、
多くは大崎善生が明らかにしてくれた、その陰にあった聖の「青春」。

それらを、きちんと映画として、生身の役者を使って描いてくれたことに、
当事者でも何でもないのに、感謝の念でいっぱいになった。
反面、この映画が村山聖を全く知らない人に、どこまで届くのかも気になった。

蛇足ながら、現実の村山聖も少女マンガを深く敬愛していたのだが、
映画の中で村山聖が古本屋で購入していた「いたずらなkiss」の作者・多田かおるもまた、
38歳の若さで夭折した少女マンガ家である。
 

三連休のこと

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2016年12月28日(水)20時29分31秒
編集済
  12月23日
たれっち、出発予定日。ところが北海道の鉄道が大荒れの上、飛行機も遅れ気味。
13時発の飛行機がなかなか飛ばない。結局、15時を過ぎて欠航が決定。
部屋を片付けた状態で待機していたが、関空まで迎えにも行けず。
たれ、翌日、午前の伊丹便に予約変更した上で、やっとの思いで自宅に戻る。

12月24日
新千歳空港の飛行機は飛んでいるのだが、今度はJRが動かない。
たれ、午前便を夕方の関空便に変更して、午後ようやく動き出したJRで新千歳へ移動。
疲労が蓄積したたれを気遣って、ご褒美クリスマスケーキを確保。
この時点では、夕食を新千歳で食べるか、関空についてからかという牧歌的な話題をしている。

ところが、午後に入って、飛行機が遅れだす。
30分が1時間になり、1時間は2時間になる。午後6時の便は午後8時発のアナウンス。
関空からのリムジンバスは、午後22時過ぎが最終。鉄道を使っても23時過ぎが限界。
これまでの流れから、さらに遅れることが見て取れたので、
夕刻になって、泉佐野のビジネスホテルを確保。ここなら、24時前まで鉄道がある。

ところが、関空に着くと、まだ飛行機は新千歳を飛んでいない。
午後6時台が午後8時台になり、結局、午後10時台の出発。
到着予定時刻は、なんと午前0時30分。

この間、沖縄から帰ってきた職場の若い人に姿を見られていたらしい。
声をかけづらい雰囲気だったので、遠目に見送ったそうな。
どないやねん。

荷物を引き取ると、時間は25時。
泉佐野ならタクシーもいとわずという読みだったが、まったくタクシー乗り場に車はいない。
あらかじめ空港のインフォメーションで聞いていた番号に電話をして、
ずいぶんと待ったが、ようやくタクシーを確保。ホテルへ入る。

結局、26時ごろにチェックイン。
今年出来たところの「新館」なるものは、2階の渡り廊下を過ぎると、完全にワンルームマンションの作り。
部屋は片側にしかなく、部屋のない側の廊下から手を伸ばすと完全に青天井。

いかにもワンルームマンション的なユニットバスで温もって、あとは寝るのみ。
年寄りだから、朝はきちんと目覚め、滞在時間7時間くらいでチェックアウト。
泉佐野駅前のパン屋で朝食、空港に戻って、リムジンバスに乗って、自宅に戻ると、
もうお昼前。

途中で勝った惣菜で昼食、昨日の夜食べるつもりのケーキをワインで流しこむと、
ようやく安心して、また眠くなる。
二人で爆睡して、夕刻目が覚めたら、もう、三連休は終っていた。

なんでやねん。

さて、明日は大掃除かなあ。
 

真田丸・最終回を見る

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2016年12月23日(金)11時33分56秒
  何が起きるかを、皆が知っている最終回です。

「新選組!」のときにも念入りなフィナーレをやってくれたので、
きっと、何らかのフィナーレをしてくれるだろうとは思っていました。、
また、「望みを捨てなかった者だけに道が開かれる」のセリフを繰り返していたので、
きっと、なんらかの未来につなげるような話にするだろうととは期待していました。
そして、そんな期待にすべて応えてくれるとともに、
最後まで「まさか」という驚きに満ちた「最終回」でした。

有働さんのナレから入るのは。真田丸築城の回でもあったので想定の範囲かもしれません。
しかし、信之が一夜の宿を求めた尼寺に登場したのは、まさかの本多正信です。

決戦前夜の大阪城にたむろしているのは。まさか「ダメ田十勇士」の面々です。
真田十勇士は出さないと宣言していた三谷のエクスキューズであるかのように、
あるいは、本編とは無関係だった真田丸PV「ダメ田十勇士」を惜しむかのように、
三谷は、彼らを本当に大河出演者として配したのでした。

まだ豊臣優位での和睦を探る源次郎は、茶々と面談しますが、
「お上様」の仮面を外した時の茶々は、過呼吸で自分を見失いそうになります。
源次郎は、魔法の言葉「望みを捨てなかった者だけに道が開かれる」を使って鎮めます。

そして、最後の戦い。
思わぬ展開で乱戦になるも、まずは大坂方有利で進むのですが、
なぜかこんなところにも真田隊がいます。

勇ましいだけの信政は、またも判断を誤り多くの犠牲者を出すというあたりが、
「勇ましい豪傑」よりも、それ以前の調略や諜報戦が戦の勝敗を決するのだという、
三谷幸喜の非チャンバラ志向を如実に表しているところです。

とはいえ、源次郎は、
もはや、チャンバラだけで家康と雌雄を決せねばならなところまで追いつめられています。
おかげで、三十郎はまさかの小物扱いをされ、命拾いをしました。
お前は生きよ、というのが源次郎から三十郎への最後のメッセージだったのでしょう。

城に戻った大野治長が兵を動揺させたという史実を、
まさかの千成瓢箪で象徴させるあたりも三谷の上手さです。
しかし、大角が厨に火をかける前に、
間者発覚からの自害のふり、真田謀反の密告というひねりには驚かされました。

それでも出陣しようという秀頼を押し留めたのが、
まさかの茶々の言葉「望みを捨てなかった者だけに道が開かれる」。
なんというか、もう抜群のタイミングでずれてしまっています。

城中での内記の奮戦と、まさかの懐にひそませていた昌幸の位牌。
城に戻ることができたこと自体がまさかな作兵衛の城の中庭の家庭菜園での最期。
作兵衛を便利に使い過ぎている感はありますが、まあいいでしょう。

そして、単騎、家康陣に向かった源次郎に、まさかの「手を出すな」と叫ぶ家康。
「自分を殺しても徳川の世は盤石」と宣言する家康に、「百も承知」と返す源次郎。
やはり、この戦いは豊臣と徳川の天下を分けるものではなく、
むしろ源次郎が背負う真田と徳川の私怨であり、私戦だったように見えてきました。

とはいえ、確かに源次郎は世に名を残すことはできました。
子どもたちも、なんとか無事で暮らしていけそうです。
まして、信之はすっかり徳川家の大名として、新しい時代の人になっています。
さすがに、佐久間象山に期待をつなげるのはやりすぎかとも思いましたが。

というわけで、今回の秀逸は、まさかのナレ死から生き返ったかのような且元でも、
まさかの身体中が痛くなった佐助の55歳という告白でもなく、
千を秀忠陣に贈り届ける途中、単騎家康本陣に向かう源次郎を見つめ、
「源次郎さま」とつぶやくきりの女の顔。
 

真田丸「前夜」を見る

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2016年12月12日(月)20時43分48秒
  すでに、物語は店じまいを始めました。
それでも、香盤では、信之、松、稲、三十郎、茂誠、こう、綱家といった
上田の人たちの名前が源次郎の後に連なり、
史実かどうかは別にして、まだ信之が源次郎を説得しようとしているあたりが、
真田ファミリーらしさです。

時々、三谷は意地と意地がぶつかる「名場面」を巧みに作りだしますが、
信之と信尹が源次郎の調略に訪れた場面も、その一つでしょう。
犬伏の別れでの「いつか酒を酌み交わそう」の言葉を軸にした
「兄上と酒を酌み交わし等ございます」と懇願する源次郎と、
「これは今生の別れではない。」と席を立つ信之の応酬には、
大向こうから声がかかるところといえましょう。

そんなやりとりを前哨戦に、いよいよ夏の陣が始まります。
しかし、城を頼れない野戦となっては、内通者「お」の働きもあってか戦果はあがりません。
眉間を撃ち抜かれたまま立ち往生してしまった塙、
内通の噂に心が乱れ、功を焦った又兵衛、
覚悟を決めて香を焚きしめていた若武者・重成、
次々と、豊臣家を最後まで支えていた者たちが討ち取られます。

生き延びよと命じても離れようとしない立派な家臣たちに恵まれた盛親ですが、
彼らのために長曾我部の家を再興することは断念せざるを得なくなりました。

そして、退却戦の中、源次郎は、追っ手の中に政宗の姿を見て取ると、
「徳川兵の中に、誠の武士はおらぬのか」と声を挙げ、
小田原で無念の思いで豊臣に臣従した時に政宗がやったように、刀で空を切って見せます。

「あなたは、また自分の志を押し殺して強い者の言いなりになってしまうのですか。」
その源次郎の問いかけに、政宗は攻撃を停止することで応えます。
源次郎は、政宗のことを妻子を託すことができるほどに信用がおける相手と見抜いたようです。

そして、ついに離れ離れとなる源次郎ファミリーですが、
きりに対しては、まだ重要な任務があるとして、手元に残します。
それは、今でもきりが源次郎にとって最も信頼の出来る女性だったということの証です。

春らには「これが永遠の別れではない」というタテマエを言っていた源次郎ですが、
きりの「源次郎様のいない世にいても、つまらない」の言葉は否定せず、黙って抱き寄せます。
ドラマとしてはまる一年をかけた、きりとしては何十年越しの思いがようやく通じた瞬間です。
「遅い!」

というわけで、今回の秀逸は、
「必ず、生きて帰ってきて下さいませ」と信之に懇願する稲の涙目でも
こうがこっそり持たせた六文の銭が入った小袋でも、
このために登場したのかと納得した室賀息子に対する信之の「黙れ小童」の一喝でも
源次郎のすべてを認めたような、信尹叔父が片手でそっと触れるような頬っぺたパチパチでも、
気丈な妻となっても、最後の夜だけは源次郎の膝をツンツンしていた春の人差し指でもなく、
ようやく源次郎に抱き寄せられて、口まで吸われているというのに、
「せめて10年前」「あのころが私、一番きれいだったんですから」と言いきるきりの視聴者目線
 

映画評を更新

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2016年12月 7日(水)21時59分40秒
  数年越しで、映画評を更新。
なにやってんだか。
 

真田丸「引鉄」を見る

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2016年12月 7日(水)20時40分18秒
  もしかすると勝てたのかもしれない戦いを和睦し、
もし踏み出せば必ず負けるであろう戦いに、あえて踏み出そうとしている豊臣方です。

もはや、城を頼りに戦えない。野戦なら、多勢に無勢は明らか。
当初の策のように近畿を押えても、城が丸裸の豊臣方に寝返る者はいません。
それゆえ、狙うは家康の首一つ。
それで時代が変わらないことがわかっていても、それしかできそうなことがないのでした。

というわけで、佐助登場。
「もし無事に帰ってきたら、夫婦になってもらえませんか」は、ほぼ死亡フラグ。
佐助の命を救ったのは、きりの明確な拒絶だったのかもしれません。

そして、あまりにも見事に家康を仕留めた佐助ですが、
史実の都合とか、つまらない大人の事情で、実は影武者だったことになってしまいます。
しかし、ここまできれいにやってくれたならば、
もう、半分くらいは、歴史が変わってしまったことにしていいんじゃないか、とさえ思います。

とはいえ、ここからの源次郎の動きが不可解です。
秀頼に大坂を離れるように勧め、四国領有で納得させます。
となると、土佐を求めていた盛親はというと、淡路島で話をつけます。
これは何のため?「私はまだ、あきらめてはおりませぬ」
本気か?

しかし、信之へあてた手紙の淡白で儀礼的な書きぶりと娘を思いやる言葉からは、
かえって、源次郎が死を覚悟していたことを明確に示していたようです。
でも、それをすぐに察する信之は、やはり言わずとも心が通じ合う兄弟なのでしょう。

そして、窮するほどに、大坂城はもめ事が増えます。
母・大蔵卿局を面罵する治長、治長を襲う弟・治房、
治房が金蔵を勝手に開けたことをきっかけに、ついに牢人たちの統制が取れなくなります。
源次郎ら5人衆の力でも牢人たちを抑え込むことができません。
アニキが一喝、「みんな、戦がしてえんだよ。」

また一歩、みんなで力を合わせて滅びの道を進んでいきます。

というわけで、今日の秀逸は、
「う」の署名の有楽斎の密書とは異なる、家康襲撃を知らせた密書の「お」の署名でも、
顔についた泥が労働の証とばかりに、自ら顔ら泥を塗ったお嬢様育ちの春のプライドでもなく、
「敵の本陣になど」と口にした瞬間に源次郎の真意を悟った小山田茂誠の顔の曇り。
 

レンタル掲示板
/207