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「文芸別冊 大林宣彦」を読む。

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2017年12月13日(水)21時58分59秒
  書店で見かけた時、買わないわけにはいかないなあ、と思った。
若いころ、はしかのように大林映画に夢中になっていた時期があり、
当然のように、尾道にも巡礼したことがある。

CM監督から映画に転身した大林宣彦は、
「転校生」に始まる「尾道三部作」などの一連の作品で、
あやういまでのまっすぐさを含む少女期の未完成な魅力と、
男子(たいていは、尾美としのりだ)の少女に対するほのかな恋心を描くことで、
思春期を通過した男性の「オトコノコごころ」をワシづかみにした。

しかし、いろんな意味で過剰な大林節に、いくぶんかのクドさを感じるようになって、
それが大人になることであるかのように、大林映画から遠ざかるようになっていた。
だから、この本を手に取る資格が自分にあるのかと自問自答したが、
安易に自分の過去を否定するのは潔くないと思って購入した。

そんな青春の古傷と向き合うような気持ちでページをめくってみると、
大林本人や家族、映画関係者が語る映画監督・大林宣彦は、
こちらの思っているような大林宣彦とは、まったく違っていた。

まず、大林宣彦はCM監督である以前から、気鋭の個人映画の作家だった。
また、大林がCMを撮りだしたころは、ちょうど企業がCMに力を入れ始めた時期で、
良いCMを作ってくれるなら、少々お金をかけても意欲的なものが求められた。

片や、日本映画界は凋落していたとはいえ、国民的娯楽としての権威が残っており、
映画監督になるには、社員助監督として会社ごとの流儀を学ばねばならなかったし、
大林は、そんな日本映画界の風潮を潔しとしていなかった。

つまり、大林宣彦がCM監督から映画監督に転じた歴史は、
新しい才能をもとめていたCMの世界が、個人映画で注目を浴びていた大林を発見し、
大林は、CMという自由な場所で才能を発揮することで知名度を上げ、
苦境にあった日本映画界から(渋々)招聘される形で、大林は自分流の映画製作を許され、
それが興行的に成功することで、大林の地位を押し上げていったというものらしい。

それゆえ、大林宣彦は自身をアマチュアと自認し、
個人映画の延長線上に、CMも商業映画もあったとする。
映画の冒頭に「A MOVIE」と置かれるゆえんである。

そして、大林映画の根底には7歳に軍医の子として終戦を迎えたことがあり、
個人映画も、アイドル映画も、尾道三部作も、近年の古里映画に至るまで、
人の死と別れ、戦争の記憶が秘められているとされる。
近年の作品には、戦争の予感と恐怖が強く描かれているらしい。

2017年、大林宣彦は、壇一雄原作「花筐」を映画化した。
しかも、それは、商業映画に進出して早々に企画されたものの、
興行的な成功が見込めないとして、お蔵入りになった作品だそうだ。
また、あわせて大林自身の肺がんも公表された。
いろんな意味で、特別な作品であるようだ。

そんなこんなもあっての「文芸別冊 大林宣彦」の発刊なのだろう。
数十年ぶりに、大林映画を映画館で観なくちゃいけないという気持ちになった。
 
 

今週の精霊の守り人

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2017年12月13日(水)21時57分50秒
  たった二人で、なんとか叔母のユーカだけを頼りにして、
いったい、そこからどうすることができるのかと思っていましたが、
元氏族長のラルーグや牧童のトトなど、
王の力が届かない場所に広がるネットワークがあることに安心しました。

9人の王の槍による「ルイシャ贈りの儀式」や闇の守り人と戦うための「槍舞い」など、
カンバル王が絶対的な力を持っているように見えて、
9つの氏族と氏族を代表する王の槍に支えられていることがわかってきました。

しかも、ジグロが金の環を持ち去ったということは、
ログサムは、ジグロがカグロに「殺される」まで、
正当な王位継承の儀式を出来なかったということでもあります。
ログサムの威光が、案外、危ういものであるようにも見えてきました。

当たり前のように、チャグムには精霊の匂いがするという牧童トト、
それに応えるかのように、天空に水の流れが見えるというチャグム。
かたや、カグロの後ろに不吉なものが見えるというカンバルの皇太子・ラダール。

この世界は、ナユグの世界と隣り合わせになっていて、
ナユグが見えたり、その力を見極めることのできるような呪術的な力が、
世俗の王の力以上に、大きくこの世界を変えていくのでしょう。

それにしても、花總まり。
素晴らしいユーカでした。
 

ほんまにワクワク

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2017年12月13日(水)21時57分12秒
  「精霊の守り人」については、以前、誰かから推薦された気もするのだけれど、
よくわからぬまま、うっちゃっていたように思います。

改めて、こんなに本気でドラマされると、エエもんを見せてもらったなという気になります。
原作者が文化人類学者だけあって、(ル・グインパターンだ)
価値相対的で、どこにもないけれどありそうな社会を上手く構築しています。

最後まで、楽しみです。
 

ここではお久しぶりなの

 投稿者:たれっち  投稿日:2017年12月 7日(木)21時17分9秒
  どこぞのSNSで交流しているせいで、こっちはお留守状態でごめんなさいなの。
今週の守り人は、ご主人について東京に行っていたので、録画したのをおととい観たの。
確かにユーカさんの別れ際の笑顔はすごかったの。

カンバル国はなんとなくチベット的な感じなのに牧童はヨーレイホーなのが面白いなあ。

あとカルナが指についた赤い毒を落とそうとするところが、
マクベス夫人が手に着いた血がとれないと手を洗い続けるのと似てるなとか。
カンバル王が亡くなった時に后が城の中を歌いながらさまよって
最後は死んじゃうのはオフィーリアみたいだなあとか。

今の所話がカンバル王国の中だけの話だけど、
終盤までは新ヨゴ国やらタルシュ帝国やらロタ王国やらが
全部絡んでくるんだろうから、どうなっちゃうんだろう。ワクワク。
 

今週の「精霊の守り人」

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2017年12月 3日(日)11時10分47秒
  長い回想によって、なぜバルサがジグロに連れられてカンバルを出たのか、
そして、そもそもカンバルがどんな成り立ちの国なのかが描かれました。

九つの氏族に分かれており、それぞれの氏族から王の槍という武人が選ばれていること、
山間部の寒い土地でであり、放牧などで暮らしている貧しい国であること、
カンバルが貧しさから脱するためには、「山の王」を倒さねばならないこと。

「山の王」が何なのかについては、今の時点で描かれておりませんが、
カンバルの貧しさを憂い、元凶である「山の王」を倒すしかないという思想のもとでは、
王位を奪ったログサムもまた、彼なりの正義に基づいて行動しています。

なんとかカグロの元を脱出したバルサとチャグムは、
もしくは、まだチャグムがカンバルとの同盟をあきらめていないと知ったバルサは、
遺された唯一の手掛かりである叔母ユーカの元を訪れることを決めます。

今回の圧巻は、ユーカの花總まりさんでした。
宝塚時代からトップ娘役12年という伝説的な方で、
現在も、宝塚時代からの当たり役「エリザベート」を東宝ミュージカルで演じています。
「直虎」にも、瀬名の母・佐名役で、短いながらも登場していました。

今回、登場シーンは多くなかったのですが、20数年前の回想の中で、
バルサの父・カルナの気働きのする良き妹であり、
ジグロとの結婚を夢見る乙女・ユーカを見事に演じていました。
短時間であっても、良いものを見せていただいたという満腹感がありました。

次回からは時間が戻って、本当の年齢に近いユーカとして再登場するのでしょう。
楽しみにしております。
 

先週の「精霊の守り人」

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2017年12月 3日(日)11時09分37秒
  父を殺されたことから、カンバル王・ログサムを仇として付け狙ったこともあり、
そんな自分を護るためにカンバルを捨てた短槍の師のジグロは裏切り者とされてしまい、
カンバル王の放つ刺客・王の槍と戦ってきたことを目の当たりにしてきたバルサ。

カンバル王の考え方も人柄も全く知らぬまま、用心棒のバルサだけを連れただけで、
カンバルとの同盟を同盟を画策しようとする新ヨゴ国皇太子・チャグム。

ほぼ個人の力だけで、国家を動かそうという二人です。

初回であることと、ジグロとカグロの戦いなどの回想に時間を費やしたこともあり、
アスラが再登場したり、タンダが徴兵されたり、牧童の歌声が響いたり、
いろんな予感はあるのだけれど、まだ手札を並べただけで、
どう展開するのかはこれから、というところでしょうか。

国まるごとが敵であっても不思議ではないカンバルの国内で、
誰が味方になってくれそうなのかさえ見えてきません。
どうやら、カグロは話が通じる相手のようですが、
本当に信頼してよいのかも、今のところよくわかりません。

そのジグロとカグロの戦いですが、
幼いころからともに短槍を学び、成長とともに同じような槍使いを習得したがゆえに、
あるいは、圧倒的にジグロの力がカグロよりも勝っていたがゆえに
命を奪い合っているにもかかわらず、
「一つの心が二つの槍をつかさどり、二人は舞を舞うかのように二人は戦い続けていた」
バルサは、そう表現します。

実際のところ、そう書くのは作家の勝手なのですが、
本当に「舞うように戦う」を実現させたジグロとカグロ、
いや、吉川晃司と渡辺いっけいの二人が、オジサン二人なのに美しくありました。

その一方で、強大な兵力と物量を頼りにするタルシュ帝国が、
小さな聖なる国・新ヨゴ国を押しつぶそうという太平洋戦争まがいの戦の予感に、
帝は、軍事を「穢れたこと」と忌避します。

さらに、多くの血が流れると降伏を勧める聖導師に対して、
「人の血など天の水が浄めてくれよう」と民の死を神格化することで正当化し、
「神が人に降伏することなどありえまい」と現実を見ようともしません。
やれやれ。

そして、カグロの家から脱出し、馬でカンバルの大地を駆けるバルサとチャグム。
しかし、バルサは、ジグロの裏切りによるカグロ一家の苦労を知り、
少々複雑な思いでいたのかもしれません。
 

「アイヌと縄文」なんてのも。

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2017年11月27日(月)21時58分23秒
  ゴールデンカムイを読み始めたおかげで、
ちくま新書の「アイヌと縄文」も読んでしまいました。

まだ頭の整理ができてないのですが、
要するに、「アイヌは縄文人」ということで良いみたいです。
こっち方面は私も手付かずだったので、大変興味深くありました。

まずは、ゴールデンカムイの方からでいいんてすけど。
 

ゴールデンカムイ

 投稿者:etox  投稿日:2017年11月24日(金)18時21分19秒
  説得されました。
読みます。

以下のような記事も出てました。

https://news.yahoo.co.jp/feature/817

友人に、日本で有数のアイヌの専門家がいるので、関心を持たないのもいけないな、と思い、少しずつその辺の知識を入れていくようにしています。
おそらく今が読みどきですね。
 

etox算を説得するための転載

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2017年11月21日(火)20時28分48秒
  「ゴールデンカムイ」についてはアクが強いことは否定しませんが、
せっかく全巻お持ちなのなら、読むための一押しをするために、
某所に書いたレビューを転載します。

--

舞台は日露戦争直後の北海道。小樽近郊の山のようだ。
二百三高地の激戦を凄まじい戦い方で生き抜いた「不死身の杉元」は、
どうしてもカネが欲しい事情があって、飲んだくれのオヤジの導くままに砂金採りにきていた。

酒で機嫌のよくなったオヤジは、不思議な話をする。
アイヌたちが密かに軍資金として集めた金塊を、仲間を皆殺しにして独り占めした男がいる。
本人は、今も網走監獄の奥深く死刑囚としてぶち込まれているが、
金塊のありかを示した地図を、密かに囚人たちの全身に刺青として残し、
彼らに脱獄させ、金塊を発見した者に、その半分をやると約束した。

その噂をかぎつけた屯田兵のはみ出し連中は、死刑囚を移送するとして強引に連れだしたが、
逆に、囚人たちによって皆殺しにされて、全員が消えてしまった。
しかも、囚人たちの刺青は、全員で一つの暗号になっているらしい。

しゃべりすぎたと、飲んだくれは杉元を襲うものの、すぐ返り討ちにあって逃げ出す。
追う杉元が見つけたのは、ヒグマによって命を奪われていた飲んだくれの姿だった。
そして、その全身には、さっき本人が語っていた地図の刺青が施されていた。
あの話は、本当だったらしい。

という瞬間、杉元はヒグマに襲われる。
ヒグマの「エサ」を奪おうとしているように見えたからだ。
さすがの不死身の杉元も危機一髪、
というところでヒグマを倒したのは、アイヌの少女・アシリパの放った毒矢だった。

大量の金塊と脱獄した刺青の囚人という冒険心をくすぐる設定、
明治期の北海道という、雄大で過酷で、実は豊かな大自然という舞台、
そして、不死身の杉元も手こずる北海道の自然を知りつくしているアイヌの少女。
どうやら殺されたアイヌの一人は、アシリパの父親であるらしい。

杉元とアシリパによる金塊を探し求める旅が始まる。
ところが、それを妨害しようとする者たちがいた。 陸軍最強と言われた北海道の屯田兵部隊である。

というところまでで、一気の200ページ。
面白いじゃないか

--

小樽近郊の森の中、杉元とアイヌの少女・アシリパの旅は続く。

ワナで獲ったウサギを食べる。
アシリパは、ウサギの目玉を生のまま、杉元に渡す。
「目玉は、その獲物を獲った男だけが食べていいもんなんだぞ。」

少しひるんだ杉元だが、なんとか生のまま食べる。
文化が衝突した時に、相手の文化を尊重する姿勢は分かり合うための大切な姿勢だ。
ちなみに、ウサギ鍋を食うのに杉元が取り出した味噌については、
「オソマ(糞)」と言って、アシリパは嫌がる。まだ修行が足りないようだ。

そんな二人を発見する屯田兵たち。
アシリパは、賢い獣たちも使うという「止め足」を使って、追っ手を混乱させる。
一旦進めた足をそのまま後退してから近くの笹薮に跳ぶことで、雪上の足跡を消す技だ。

やっと助かった二人は、アシリパのコタンにたどりつく。
アイヌの言語しか話せない老婆を始め、シサム(客人)の杉元をコタンの人々は歓待する。
それが、アイヌの流儀であるらしい。

杉元はコタンで暮らすうちに、獣や川魚などを得るために仕掛けるワナなど、
様々なアイヌの知恵を知る。そして、それは、冬の北海道を生き抜く知恵でもある。
次々と、「和人 meets アイヌ」というべき、アイヌの文化や知恵を紹介するページが続く。
なるほど、本当に描きたかったのは、こっちなのかと気づく。

などと言っているうちに、杉元は小樽で勝手にドンパチやり始める。
まあ、一応「不死身」な戦闘力だから良いのかもしれないが、やることが派手だ。
久しぶりの「少年マンガ」に少々あてられてしまったが、
十分に夢中だ。

--

杉元たちのワナに捕まった脱獄囚の一人だった「脱獄王の白石」が仲間に加わった。

どうやら、彼らを追っている第7師団の部隊は、
日露戦争で深手を負った鶴見中尉の指揮のもと、独自に動いているらしい。

さらに、別の人物も動き出した。
刺青をされた脱獄囚の一人であり、密かに戊辰戦争を生き延びた老人・土方歳三である。
同じく刺青を持つ乱暴者の「不敗の牛山」を仲間に引き入れ、独自に刺青収集を始める。

鶴見は、日露戦争の折、上官の愚かな判断で多くの軍人が使い捨てにされたことで、
土方は、アイヌが静かに暮らしていた豊饒な北海道の地をあたりまえに収奪していることで、
それぞれ、時の政府を許せないでいる。

そんな大きな物語とは無関係に、ごくごく私的なゲリラ戦を続ける杉元たちは、
アシリパが教えてくれる自然と暮らすための様々な知恵や工夫を使いながら、
冬の小樽郊外の森で、猟をしながらサバイバル生活を続けている。

そんな森の中を進む男たちがいた。
マタギ出身で鶴見の部下の兵・谷垣と、
ヒグマを一発で仕留めることにこだわる「熊撃ちの二瓶」である。

谷垣は、杉元たちを襲ったとき、彼らを救うエゾオオカミの姿を見た。
そのエゾオオカミは、なぜかアシリパになつき、レタラという名も与えられていた。
幻のエゾオオカミの姿は、二瓶の熊撃ちの血を騒がせた。
二瓶もまた、刺青を身体にまとう脱獄囚であった。

続々と、新しい登場人物が登場する。
水滸伝的な英雄列伝が、冬の北海道で繰り広げられる。ただ、相当に血なまぐさい。
狩った獣たちを鍋にする食事シーンさえも、十分に血なまぐさいのだ。

それは、本来、人が自然の中で生きるということ自体が、
血なまぐささと無縁ではいられないものなのだ、
という野田サトルの主張であるようにも見える。

--

「熊撃ちの二瓶鉄造」とマタギ出身の第7師団の兵・谷垣という猟師コンビとの戦いは、
間一髪のところで杉元たちが勝利した。

それだけで、3巻の後半120ページと4巻の冒頭40ページを使うあたりが青年マンガだ。
それでも、谷垣を倒したのがアイヌの鹿猟用の仕掛け弓(アマッポ)で、
北海道の自然とともに生きるアイヌの知恵の力を借りた勝利というのがポイントだ。

その後は、しばらく毒で動けない谷垣を連れてアシリパのコタンに戻っての物語になる。
つまり、コタンでの日常の物語だ。
鹿肉の鍋(ユクオハウ)、神の魚(カムイチェプ)である鮭のルイベを食べ、
鷲猟用の小屋(アン)から、鉤(カパチリアプ)でオオワシの足首を狙う。

谷垣は鶴見中尉の本心をこう語る。
「軍事政権を作り、私が上に立って導く者となる。」
「凍てつく大地を開墾し、日々の食料の確保もままならない生活から救い出す」
「それが死んでいった戦友たちへせめてもの贐である。」
日露戦争で頭蓋骨を破壊された鶴見は、額から上にツルリとした装具をつけていて、
積み上げた武器の箱を演台がわりに熱く語る姿は、レーニンにそっくりだ。

一転、小樽では、土方歳三が行動を起こす。
軍資金のための銀行強盗だが、あわせて愛刀「和泉守兼定」を奪い取るのも心憎い。

そして、土方歳三と接触した脱獄王・白石の情報のもたらすままに、
杉元たちは、ニシン番屋のある海岸に向かう。
そこには、アシリパの叔父(アチャポ)がいた。

--

小樽の海岸で出会った、一見、おとなしいニシン漁師に見えた男・辺見は、
人を殺すことに快楽を覚え、スキさえあれば相手を殺してしまうのだが、
実は、残酷に自分を殺してくれる強い相手を探し求めているという、 脱獄囚の一人だった。

殺さないと殺されてしまうので、相手の望むままに死闘を繰り広げる杉元だが、
いよいよ決着がつくかというところに、巨大なレプンカムイ(シャチ)が登場する。

ニシンの群れを追ってクジラたちが現れ、そのクジラたちを追うシャチは海の頂点に立つ。
それゆえ、アイヌたちはシャチを「獲物を浜に上げる神(イソヤンケクル)」と呼ぶ。
(と、よどみなく10歳前後のアシリパが解説するのは、冷静に考えればアレだが、まあいい。)

一方、アシリパのコタンに残ったマタギの谷垣は、第七師団の兵・尾形らに襲われる。
密かに、鶴見中尉に造反していたらしい。
尾形らは第七師団に追われ森へ去ったが、
コタンを離れがたくなっていた谷垣は、第七師団に戻る気分にもなれないようだ。

そして、海岸からの帰り道、森を進む杉元たちは、
イトウ漁をする父の昔の友人・キロランケニシパから衝撃的な話を聞かされる。
殺されたはずのアシリパの父こそが、アイヌの金塊を奪った犯人「のっぺらぼう」なのだ、と。
のっぺらぼうは、金塊をアシリパに託そうとしていた、と。

物語は、大きく展開する。
キロランケニシパの話が信じられないアシリパは、
自ら網走監獄に収監されている「のっぺらぼう」に会いに行くと宣言する。

というわけで、今回の食事は、シャチの竜田揚げ、子持昆布の串揚げ、イトウの塩焼き、
アイヌの知恵は、着物や紐や袋ににするオヒョウの樹皮はぎ、
ヤナギの枝を編んだイトウ漁の仕掛け・テシ、服や靴や小刀の鞘にするイトウの皮はぎ。

--

小樽周辺で展開していた物語は、一転、網走を目指すロードムービーの様相にになる。
むろん、旅先の人々との暖かい交流などなく、
ひたすら、刺青の囚人や開拓地の無法者たちとの戦いが繰り広げられるばかりだ。

杉元一行が泊まった札幌のホテルの女主人は、
密かに宿泊客を殺し、自らの肉体改造を続けてきたという女装の囚人・家永だった。
土方の手下・不敗の牛山も同宿し、ともに相手の強さを認めた杉元と牛山は気があったようだ。
例よって「女主人」との死闘によって、ホテルは崩壊するのだが
なぜか牛山は、正体をしているというのに「女主人」のことを助けている。
仲間にするつもりなのか。

一方、土方歳三一行は、小樽の東・茨戸の町で、
ニシン漁と賭場の利権をめぐる内輪もめに介入していた。
ニシン場の親方が囚人の刺青を隠し持っているという噂を聞いためだ。
そこに、さらに介入していたのが、第七師団を離れた狙撃手・尾形である。

双方のチンピラたちが全滅した後、
生き残った土方一行に、敵方だったはずの尾形が売り込んで来る。
ここにも、双方の力を認めあうがゆえの戦略的な共闘が成立したようだ。

というわけで、この巻は、ドンパチばかり。

--

どんどん新しい人物が登場して、どんどん死んでいくので、
だんだん変顔みたいな人物が増えているような気がするが、まあよい。

杉本一行は、まず苫小牧競馬場でひと暴れ。
日高につくと、アメリカ人の牧場主の依頼を受け、ヒグマと戦うことになる。
それも、1頭のはずが3頭もいた。
だんだん、戦う相手が強くて大きくなる例のパターンか。

そこからは、もう延々120ページに及ぶ死闘に続く死闘。
お疲れさんでした。おかげで、刺青一体分収集しましたとさ。
楽しいなりに、読み疲れも否めない。
まとめよ身をしたせいもあるかもしれない。

ということで、この巻のアイヌ文化は、
トッカリ(アザラシ)鍋と、アザラシの皮で作った衣服、
女性どうしがしゃがんで抱き合い、紙や肩や手をさすりあう
「ウルイルイェ」という挨拶。

---

連載当初は、巻マタギのマタギとの戦闘シーンもあったのだが、
このところ一巻完結の形式になっているようだ。
この巻は、炭鉱で栄える町・夕張が舞台だ。

ロードムービーの宿命で、その町限りのゲスト登場人物が必要になる。
夕張のゲストは、人間の皮膚で剥製を作っているという剥製職人だ。
しかも、極端に承認欲求が強い、渾身の「気色悪い男」が登場する。

鶴見中尉はいち早く接触していて、ニセモノの刺青人皮を作らせようとしている。
土方歳三一派からも、鶴見の部隊を離れた狙撃手・尾形が登場した。

そこで、いつも通りのなんやかんやがあって、さらに炭鉱でなんやかんやがあって、
危機一髪の杉元と白石を救出したのは、なんと土方一派の牛山だった。
ということは、杉元派と土方派が、ついに合体するのか。
気になるところだ。

というわけで、今回の食事は、
川に戻ってきたイチャニク(サクラマス)の切り身に、焼いて皮をむいたマカヨ(フキノトウ)の茎、
コロコニ(フキ)、フラルイキナ(ギョウジャニンニク)を加え塩味で煮た「イチャニウのオハウ」。
ようやく、雪と氷に閉ざされた季節が終わったのだ。

むしろ、物語内の時間が、まだ数か月しか経過していないいうことでもある。

--

案の定というか、渋々というか、
剥製職人江渡貝宅にいた杉元と土方の一味は、鶴見中尉の部下たちに襲われ、
いつもの派手なドンパチのあと、やむなく呉越同舟、同床異夢の旅が始まる。
次の目的地は、贋札犯・熊岸長庵が収監されているという月形監獄である。

二手に分かれての移動とはいうのの、
杉元・アシリパ・スナイパー尾形・不敗の牛山という取り合わせも妙だが、
土方・永倉・女装の家永に、
脱獄王・白石と謎のアイヌ・キロランケというのもキャラが濃い。

アシリパのコタンを出発したマタギの谷垣も、後を追う。
なぜか、予言女・インカラマッと、コタンからついてきた少年・チカパシも一緒だ。

途中、脱獄王・白石と熊岸のサブストーリーや、
土方と永倉の小さなエピソードを交えつつ、
戦闘力の強い杉元班は、
アイヌコタンを乗っ取っていた脱獄囚たちとドンパチを繰り広げる。

少しずつ役者がそろってきた感じだ。

というわけで、今回の食事は、家永が作った馬のモツ煮「なんこ鍋」と、
アシリパの罠で捕まえたトゥレプタチリ(ヤマシギ)の
チタタプ(ミンチ)を煮込んだオハウ(鍋)。

特に、江渡貝邸宅での「なんこ鍋」は、なぜか長テーブルで横一列に食べていて、
というよりも、レオナルドの最後の晩餐そのままの構図になっている。

キリストの位置には、アシリパさん。
右に土方一味、左に杉元一味でペテロが杉元、ヨハネが白石をあてている。
足りない人物は江渡貝の人体剥製で補充しているあたりがアレなのだが、
イスカリオテのユダに配置されているのがキロランケというのが、
なんとも示唆的なところだ。

--

杉元派と土方派が大同団結に向かおうとする中、
第七師団に捕えられた脱獄王・白石は、
土方に内通していたことがバレるのを恐れて、 まったく脱走しようとしない。

逃げる気のない白石を救出するという厄介な使命を、
杉元は、土方派の狙撃兵・尾形の援護を受けながらやり遂げることができた。
アシリパも、危機一髪の杉元を弓で助ける。
一度裏切った者は二度裏切るという厳しさを持つ杉元だが、
実は裏切っていなかったことが証明された、として白石を赦す。

舞台は、第七師団の軍都・旭川を越え、大雪山中までやってきた。
にしても、劇中では小樽を出てからたった2か月しかたっていなかったのか。
季節は、まだ春だものな。

というわけで、今回の食事は、
ハルイッケウ(ウバユリ)のゆり根を潰して精製したデンプンを水で溶いて、
ヨブスマソウの茎の中に流し込んで蒸し焼きにした「クトゥマ(筒焼き)」と、
フキの葉で包んで焼いた団子にサクラマスのチボロ(筋子)を潰して載せたもの。

アシリパさんは、まだ子どもだというのに、
郷里からずいぶん離れた地域のアイヌ文化もくまなく知っている。
だんだん、お約束を通り越して、頼もしくさえ見えてくるようになってきた。

--

大雪山を気球で越えた杉元らは、十勝から釧路に向かう。
季節は夏、ぶどう蔓を浮きにした罠「カシンタ」で
サロルンカムイ(湿原にいる神・丹頂鶴)を獲って、鍋にする。

という杉元らの動きよりも多くの紙数で描かれたのが、
銀行を続けては鮮やかに逃げ去る「蝮のお銀」と「稲妻強盗」の二人だ。
殺人もいとわず、とにかく全てにどん欲だ。
刺青コレクションのゲストとしては、良い意味で濃い二人だった。

一方、続いて登場したゲストが、なかなかの難物で、
恐るべき博愛精神で、あらゆる「生けるもの」を愛するとんでもない人物だ。
「支遁」で「シトン」という名をつけるのも、この際、許そう。
こちらは、次巻まで持ち越しだ。

相変わらずな殺伐とした展開の中で、少し変化が感じられたのは、
捨てエピソードかもしれないけれど、新しい生命を描いたからか。

ところで、杉元が「惚れた女」ために金塊を欲しがっていると知ったアシリパさんが、
突然、サロリンリムセ(鶴の舞)を踊りはじめたのは、
ほのかな恋心の描写と思っていいのだろうか。
「ウコチャヌプコロ」の意味も、きちんと理解しているようだし。
 

ミス

 投稿者:etox  投稿日:2017年11月19日(日)14時11分26秒
  ミスりました。BEASTARSでした。

動物擬人化漫画なので、beastとstarをかけてあるのでしょうかね。
 

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