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凄いです

 投稿者:平戸系 戸村  投稿日:2017年 6月 9日(金)00時57分20秒
返信・引用
  戸村って珍しい苗字だと思っていましたが、あちこちにいらっしゃることに感動。
ちなみに平戸系の戸村は、ロシアの血がなどの話が出ておられますが、私の家系は色白で、髪や目の色が産まれた時から茶色い感じなので納得できます!、ささ
 
 

(無題)

 投稿者:浦野啓一  投稿日:2017年 4月26日(水)20時29分57秒
返信・引用
  与平治様  はじめまして。私は長野県伊那市西春近諏訪形に在住しています浦野と申します。亡父より戦国時代に武田信玄に起請文を提出した浦野宗波軒信慶の末裔と聞いています。起請文の写しと思われる資料も保管されています。最近起請文提出者の73浦野宗波軒信慶が信玄の妹の花光院と浦野(友久?)の子であるとの資料(忠誠を誓わせた起請文・上野の戦國史)を見ましたが真実なのでしょうか?信慶の家系を知りたくて投稿させていただきました。宜しくお願い致します。  

日向市細島に海野の墓が突然に。

 投稿者:大分の海野。  投稿日:2017年 3月23日(木)22時23分57秒
返信・引用
  私の祖父からの墓が大分市内に在ります。平成15年に他界した父の金庫から、昭和59年に細島の方からの手紙が出てきました。それは、細島にある海野の墓が移動しましたとの件でした。その方に連絡をしたのですが、連絡不通でしたのでそのままにしておりました。平成27年夏に、昭和52年からの知り合いが、東京から、奥様の実家の細島に引っ越したとのことで大分市内でお会いしたら、その方の住所が、昭和59年の手紙の隣の番地でしたので、その手紙を渡しましたら、秋に、日向市細島に海野の祖先の墓が藪の中から表れました。不思議な出来事に驚いております。  

海野史

 投稿者:武舍秀雄  投稿日:2016年11月24日(木)09時03分20秒
返信・引用
  海野氏のルーツを探究するために昭和52年に海野史研究会を発足し、全国の海野氏の動向・海野系寺院・海野氏興亡史等調査・視察研修と資料収集して掲載しております。

http://musha.mobi

 

海野史

 投稿者:武舍秀雄  投稿日:2016年11月13日(日)06時02分55秒
返信・引用
  海野氏のルーツを探究するために海野史研究会を発足し、永年の調査・視察と資料収集、海野氏興亡史、全国各地の海野氏の動向等掲載。

http://musha.mobi

 

お世話になります

 投稿者:棟治  投稿日:2016年 1月 4日(月)18時32分2秒
返信・引用
  始めまして、そしてお世話になります、私棟治と申しまして上野の戦国史について調べております。

その中、真田幸隆の箕輪城来訪と言う出来事。これに関係して滋野氏と小県の歴史の中で、浦野氏の出自を調べているうちに、こちらのサイトへたどり着いた次第であります。こちらの掲示板へ報告すれば、引用は許可頂けるとのことですので投稿させていただきました。

浦野家文書など、戦国期上野の歴史を知る上でその姓だけは知っていたのですが、このたび少し勉強させていただきたいと考えております。よろしくお願いいたします。
 

はじめまして

 投稿者:マカロン  投稿日:2015年 4月 5日(日)22時18分17秒
返信・引用
  はじめまして。私も家系図を作成中で、今、戸籍を全て揃えるところまで終わりまして、現地調査の方法をこのサイトで参考にさせていただきました。私の一族も、北陸から北海道開拓のために移住したので、とても参考になります。海外に住んでいますので、帰省の際に旅行がてら調査をしようと想い、楽しみに計画を立てています。父系統は、むづかしい人が多く、親戚筋と思われる人に電話をかけても、『そんな奴知らん」と一蹴されたりしてしまいました。管理人さんもそのような経験をされたりしたのでしょうか?人相手なので、一筋縄には行かなそうです。私も、自分の調査の経験をブログに残したいと思います。  

姓について思うおと

 投稿者:mebaru  投稿日:2015年 3月16日(月)15時28分18秒
返信・引用
  興味深く拝見させて頂きました。
私は鈴木姓で父の実家が下田の酒屋であることまでは判っておりますがそれ以前のことは全く判ってません。高齢の身で尋ねく気力、体力、意欲も無いので一般論で片付けております。

http://www.geocities.jp/chasukechan/

 

文治4年以前からの浦野家

 投稿者:あきる野の浦野  投稿日:2014年10月28日(火)20時54分47秒
返信・引用
  当家は、文治4年(1188年)以前から継続されている浦野家です。
系譜が記された古い掛け軸が見つかって、お寺に確認したら、お坊さんの名前がが数名記されていました。
何時から、浦野性を名乗ったのかは不明ですが、家紋は丸に桔梗です。
日本で一番古い浦野家?と他界した父が話していました。
 

はじめまして

 投稿者:東京の浦野です  投稿日:2013年 7月13日(土)10時27分30秒
返信・引用
  与平次様
周りに同じ名字の人が居なかったものでルーツを調べていたらHPにたどり着きました。
浦野さんは全国にいるのですね。親近感が湧いております。

父の実家は 今の東京都あきる野市で 昔は五日市町、その前は小宮村という名前だったそうです。
東京の西の山奥ですので、武蔵の国の浦野さんなのかなと思っております。

家紋は丸に抱き茗荷です。
 

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