teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


海野史

 投稿者:武舍秀雄  投稿日:2016年11月24日(木)09時03分20秒
返信・引用
  海野氏のルーツを探究するために昭和52年に海野史研究会を発足し、全国の海野氏の動向・海野系寺院・海野氏興亡史等調査・視察研修と資料収集して掲載しております。

http://musha.mobi

 
 

海野史

 投稿者:武舍秀雄  投稿日:2016年11月13日(日)06時02分55秒
返信・引用
  海野氏のルーツを探究するために海野史研究会を発足し、永年の調査・視察と資料収集、海野氏興亡史、全国各地の海野氏の動向等掲載。

http://musha.mobi

 

お世話になります

 投稿者:棟治  投稿日:2016年 1月 4日(月)18時32分2秒
返信・引用
  始めまして、そしてお世話になります、私棟治と申しまして上野の戦国史について調べております。

その中、真田幸隆の箕輪城来訪と言う出来事。これに関係して滋野氏と小県の歴史の中で、浦野氏の出自を調べているうちに、こちらのサイトへたどり着いた次第であります。こちらの掲示板へ報告すれば、引用は許可頂けるとのことですので投稿させていただきました。

浦野家文書など、戦国期上野の歴史を知る上でその姓だけは知っていたのですが、このたび少し勉強させていただきたいと考えております。よろしくお願いいたします。
 

はじめまして

 投稿者:マカロン  投稿日:2015年 4月 5日(日)22時18分17秒
返信・引用
  はじめまして。私も家系図を作成中で、今、戸籍を全て揃えるところまで終わりまして、現地調査の方法をこのサイトで参考にさせていただきました。私の一族も、北陸から北海道開拓のために移住したので、とても参考になります。海外に住んでいますので、帰省の際に旅行がてら調査をしようと想い、楽しみに計画を立てています。父系統は、むづかしい人が多く、親戚筋と思われる人に電話をかけても、『そんな奴知らん」と一蹴されたりしてしまいました。管理人さんもそのような経験をされたりしたのでしょうか?人相手なので、一筋縄には行かなそうです。私も、自分の調査の経験をブログに残したいと思います。  

姓について思うおと

 投稿者:mebaru  投稿日:2015年 3月16日(月)15時28分18秒
返信・引用
  興味深く拝見させて頂きました。
私は鈴木姓で父の実家が下田の酒屋であることまでは判っておりますがそれ以前のことは全く判ってません。高齢の身で尋ねく気力、体力、意欲も無いので一般論で片付けております。

http://www.geocities.jp/chasukechan/

 

文治4年以前からの浦野家

 投稿者:あきる野の浦野  投稿日:2014年10月28日(火)20時54分47秒
返信・引用
  当家は、文治4年(1188年)以前から継続されている浦野家です。
系譜が記された古い掛け軸が見つかって、お寺に確認したら、お坊さんの名前がが数名記されていました。
何時から、浦野性を名乗ったのかは不明ですが、家紋は丸に桔梗です。
日本で一番古い浦野家?と他界した父が話していました。
 

はじめまして

 投稿者:東京の浦野です  投稿日:2013年 7月13日(土)10時27分30秒
返信・引用
  与平次様
周りに同じ名字の人が居なかったものでルーツを調べていたらHPにたどり着きました。
浦野さんは全国にいるのですね。親近感が湧いております。

父の実家は 今の東京都あきる野市で 昔は五日市町、その前は小宮村という名前だったそうです。
東京の西の山奥ですので、武蔵の国の浦野さんなのかなと思っております。

家紋は丸に抱き茗荷です。
 

情報の訂正と追記

 投稿者:忠乃条  投稿日:2013年 3月22日(金)20時54分0秒
返信・引用
  与平次様、ご無沙汰しておりますがお元気でしょうか。

新潟の浦野家について誤記がありましたので訂正させて下さい

家紋ですが、胡瓜ではなく木瓜でした。私の聞き間違えです。申し訳ございません。
紛失した我が家の家宝については「先祖伝来の脇差しを太平洋戦争で紛失した」とのことでした。

また、新潟の親戚の家から聞いた話として以下の情報がありました。

1.新潟の浦野家は戦国時代に戦で敗れて信濃国浦野から信濃川を下って来た
2.少なくとも300年前の時点で現在の地域に住んでおり、浦野の性を持っていて諏訪神社を参拝していた
3.新潟の浦野家の家紋は木瓜であるが、本来の家紋ではない
4.戦国時代にどこかのお姫様とゆかりがあった

とのことです。
戦前から繋がりが無かった親戚から聞いた話ですので、完全に別に記憶されている話ですが我が家の口伝と同じ話があります。
また信濃国浦野出身と伝わっていましたが、浦野の地には行ったことがなくて話でしか知らないとのことでした。

これからは私もできるだけ情報を集めてみます。
それでは失礼致します。
 

神奈川の戸村

 投稿者:戸村  投稿日:2013年 1月 2日(水)22時55分30秒
返信・引用
  > No.97[元記事へ]

浦野与平次さんへのお返事です。

私の先祖は天保まで遡れましたが、宮城の伊具郡小齋村で、よく調べたら伊達家の系列の家臣でした。
1700年代に秋田の戸村家からは、たくさん名家へ養子に出されていますので、その昔の先祖は秋田か茨城の佐竹一族でだと思います。

宮城県伊具郡小齋村の戸村は、仙台藩だから伊達家の藩士と考えて間違いないです。この地域に1800年代は伊達家系列の戸村家が五つくらいありましたよ。


 

Re: 佐竹戸村氏の情報をありがとうございます。

 投稿者:神奈川の戸村  投稿日:2012年10月18日(木)15時46分30秒
返信・引用
  > No.144[元記事へ]

新撰組の土方三歳と回天隊の戸村静一郎は、戊辰戦争では旧幕府軍側として一緒に戦ったようですね。


回天隊長・戸村静一郎(相馬左金吾)の初代は戸村庄助で、相馬將門の後裔。

戸村静一郎の息子は戸村御胤(小ニ郎)。



戸村静一郎は相馬家だけど、秋田佐竹の戸村家との繋がりが解りません。




 

レンタル掲示板
/16