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今年のウグイス初聞

 投稿者:水田國康  投稿日:2020年 2月20日(木)10時11分13秒
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  今朝6:50に近所で、ウグイスが囀りました。今年の初聞です。
報告したように、昨年の初聞日も今日でした。ウグイス、このところ我が家には毎日のようにやって来ますが、今日鳴いたのはこの個体かどうか?ぼく、ウグイスの雌雄判別できないのですが、勝手にこれは♂やと思い込んでいるのですけど・・。
 
 

環境考古学

 投稿者:水田國康  投稿日:2020年 2月13日(木)20時02分35秒
返信・引用 編集済
  ぼくは、ある種類群にせよ、生物はどのように生きているか(生きて来たか)、その生態の全てを知りたい、と念じております。ぼくにとって、それがフン虫なんです(蜻蛉や金亀子虫などは、生態の中のあるトピックについて調べるための材料です)。
1948年小学校5年生の頃からフン虫を観てきましたが、当時から1960年代初め頃までは、田園地帯には使役牛が普通でしたし、山地の放牧地にたくさんの牛が放牧されていました。あの上品な(学名です!)オオフタホシマグソコガネやオオマグソコガネ・フチケマグソコガネなどはその落し物にごく普通にいたのです(ところが、近頃ではこれらは稀種になってきました)。高1のころから数十種を飼育したりして、その周年経過を調べました。また、80種くらいについては、その食性を調べました。そして、できればあちこちで、少なくとも1年を通してフン虫群集を調査したいと思ってきました。いっぽうでは、日本列島ではどこでどんな哺乳類が生息していたのか(現在の哺乳類の生息分布は、環境省の所謂5キロメッシュ図があります)、化石の発掘結果を調べたり、いつ頃から牛馬が飼育されて来たか、そしてそれから、どんなフン虫が居たか、など遺跡の発掘結果を調べているのです。
花粉化石から当時の植生を推察することは行なわれてきましたが、すくなくともフン虫化石(遺体)からは、もっと局所的に当該地の生態系の状況を推察することができると思うてます。遺跡発掘は、広くはこのような「環境考古学」が包含されているべきです。先の「動物考古学」はこの環境考古学の一端ではないでしょうか・・。
 

動物考古学

 投稿者:水田國康  投稿日:2020年 2月13日(木)11時28分28秒
返信・引用 編集済
  この2月末29日に最寄りの公民館で「動物考古学」の題目で講演があります。案内が載っていた公民館便りによりますと、『動物考古学とは、遺跡から出土する動物遺体(主に骨、歯、角、貝殻)から、人と動物の歴史を考える考古学です』とあります。演者は、広島大学総合博物館で研究をしておられるそうです。
ぼくはかねてから、フン虫化石(遺体)の資料を検索していますが、たいていは各地の教育委員会発行の遺跡発掘調査報告書から探さなくてならないので、やっかいです。それに、種名鑑定が正しく行なわれているか、が大事なことです。
今回の講演聴衆の定員は先着40人だそうですが、ぼくはおよそ1ヵ月前の予約受付の初日に、一番で申し込みました。じつは、他所の区に居住している知人も聴きたがるのではと思いつき、先日2月10日に公民館で予約状況を尋ねてみたら、すでに定員満杯で、キャンセル待ちが何人もいやはるそうです。誰がこんな催し物を企画しやはったのやろ・・、興味持つ人こんなに多いことに、ぼく少し驚いています。中味は聴いてから、また報告します。
 

昨日買うた本

 投稿者:水田國康  投稿日:2020年 2月11日(火)11時05分58秒
返信・引用
  昨日、街へ出た満里に、本「ジェームス・C・スコット(2019翻訳、原本は2017出版) 反穀物の人類史‥‥国家誕生のディープヒストリー」(みすず書房)を買うてきてもらいました。原本では「Against the Grain‥‥A Deep History of the Earliest States」とあります。
中学校の時に、世界の古代文明はいずれも何らかの穀物に基づく、と習っておりましたし、『I 農業 1 農業革命・・』として、しゃべったことがあります(『農業革命』とはV.G.チャイルドに従いました)。もっとも、この下調べ中に、アラスカでは漁労文化として、小規模ではありますがかなり複雑な構造の社会が発達していた、と読んだこともあります。
今回の本は、強く興味惹かれるタイトルです。どんなことが述べられているか、楽しみに読んでみます。
 

冬野菜

 投稿者:水田國康  投稿日:2020年 2月 6日(木)15時42分36秒
返信・引用 編集済
  1月8日起床時、首筋と左肩が少し痛い、寝違えたのかなと思っていたら、これまでと異なり11日から左腕が上がらなくなりたいへん痛くなりました。しかし、数日前からだんだんよくなってきました。
そのような訳で、それに寒いこともあって、何もかもほったらかしでしたが、冬野菜は写真のようにできています。写真ではブロッコリを除いて、他は主として漬物(麹漬け・酢漬け・・)にします。猫額やけど、他に植えてるのは葱・春菊・ケール・大根・小松菜・たか菜はもう食べています。まだ食べてないのは、分葱・丸大根・キャベツ・ほうれんそう・すなっぷえんどうなどです。それに、大蒜(ニンニク)は240個(株)くらい植えてますが、まだ芽が小さく雑草に埋もれています。
 

柿ピー・続き COOPの製品

 投稿者:水田國康  投稿日:2020年 1月10日(金)16時23分32秒
返信・引用 編集済
  おけらxii-12,2019投稿のように、K製菓の「柿の種」の柿の種:ピーナッツ比率は、大々的な投票結果をうけて、7:3(重量比)に変更されるようです。ぼくは前(x-6,2013投稿)に、「かって誰も調べなかった100の謎(文芸春秋社)」というすかみたいな事柄をスタッフがよってたかって調べた本を紹介しましたが、これにも「柿の種とピーナッツの比率」の調査結果が載っていました。じつは、この年にK製菓は、比率についての投票キャンペーンを行ない、10万5484通の投票を得ています。この時は、7:3が1位で、5:5が2位、6:4が3位でしたが、3者の間にはほとんど有意差がなかったのです。それゆえ、これまで6:4できたそうです。
この年末の新聞に、COOPの折り込み広告があり、それに「COOP柿の種」が特売で1パック\138(税込)とあるのを知りました。平素は\148とのことです。横に陳列されているK製菓の製品と内容がまったく同じ、すなわち1パック200gで33g小袋が6袋はいっています(写真)。ぼくはおやつは果物とヨーグルトにすると決心したのですが、今回は正月ということで購うてもらい、調べました。その結果、小袋あたりの柿の種とピーナッツの数は以下のとおりです。ついでに、K製菓の1パックも示します。

          63  :16         66  :15.5                 75  :12.5
          63.5:17.5       68  :16                   75  :12.5
          66  :16.5       67  :16                   75  :12.5
          63  :17         66  :15.5                 73  :12.5
          64.5:17         68  :17                   76  :12.5
          64.5:16         67  :15.5                 75  :12

上記の端数0.5は破片(豆の場合は半分)を表しますが、COOPは柿の種の場合7片分・ピーナッツの場合8粒分以内、K製菓はそれぞれ4・4.5以内で、K製菓のほうが破損は少ないようです・・。重量は、小袋はいずれも33~34gで、COOPは柿の種:ピーナッツの比率はほとんどぴったり6:4でしたが、K製菓のほうは、小袋間の変異はほとんど無く、凡そ6.7:3.3で、今後変更するとかの7:3に近かったです。
なお、税込価格は1パックCOOP\148、K製菓\218です。味はK製菓はちょっとピリ辛ですが、COOPはそうではないけど、これもおいしいです。添加物は両者ほとんどまったく同じようです。なんでこんなに値段が違うねんやろ。
 

蛙釣りの唄・蜻蛉釣りの唄

 投稿者:水田國康  投稿日:2020年 1月 4日(土)09時30分6秒
返信・引用 編集済
  明けましておめでとうございます。
石井さんの「広島県のわらべ唄」は、採取時の状況はぼくらには判らないけれど、インフォーマントは女性が主だったのではないかと想像します。そう思うのは、遊戯唄のカテゴリーに、虫採りや蛙つりの唄がほとんど無いからです。幼稚園で習った「ほ、ほ、ほたる来い」があるくらいです。ぼくらが遊んだ「蛙釣りの唄」・「蜻蛉釣りの唄」、前に言うたかもしれませんが、あらためて覚え書きします。
「蛙釣りの唄」は、『かえる ドン ドン ドン これを くわねば やまいが おこる』(数字音符で書こうとしたのですが、ぼくのパソコンでは無理)です。ぼくなんか小さい子どもの頃は、蜻蛉釣りの唄の場合も、これらの唄を歌わなければ釣れないと思って、大声で歌ったものです。虫取りや水遊びに年長者に連れられて行った帰り道、水田でトノサマガエル・ダルマガエルやヌマガエルを対象に遊んだのです。方法は、周りに生えているカズノコグサの穂先を数ミリ残したものを、獲物の面前で動かすのです。誰かはエノコログサやキンエノコログサの穂を用いたとしていますが、これらはノゲ(芒(ノギ))が長く、蛙はうまく頬張りぱくつけないようです。それで、ぼくらはカズノコグサに限るとしていました(カズノコグサの芒は小穂の柄から生じた突起だそうです)。家の庭では、ツチガエルもよく釣れました。夕立の後に出て来るガマガエルもくいつきますが、これは重くて吊りさげることができず、外れてしまいました。
「蜻蛉釣りの唄」は、『ほんやま くーいぼ くーいち おんちょと めんちょと かえたろか ほんやま くーいぼ くーいち』です。ギンヤンマ♀を1メートルくらいの糸で括り、それを約1メートルの棒の先に結び、パトロールしている♂の前で、前記の唄を歌いながら、このおとり♀を廻し飛ばして、連結した♂を採取するのです。「ほんやま」とは「本來のやんま」、蜻蛉釣りの遊びに最適のやんまの意味だと思います。なぜなら、本種はたいていの池や掘割に生息し、夏季になん匹もの♂が♀を求めて、池の縁に沿ってパトロールしているからです。ぼくは小学校6年生の頃、アオヤンマやシオカラトンボで蜻蛉釣りを試みましたが、いずれも同様に連結しました。しかし、ギンヤンマを別にして、これらの蜻蛉は行けば必ず常に見られる訳ではないので、蜻蛉釣り遊びの対象にすることは無かったのではないかと思ております。蜻蛉釣りのおとりに使う♀にはランキングがあり、羽が濃茶色の個体(ドロメン、メンとは♀の意味)が一番で、次いで腹前部の側面に褐色斑がある個体(タイコメン)、普通の個体(フツウメン)の順でした。遺伝的表現多型とみなされる♂と一見間違うような個体(ホウガイ)は珍しいのですが、蜻蛉釣りのおとりとしては適さないとみなされていました。やむをえず♂をおとりにすることもありましたが、腹部の青い箇所に朝顔の葉を揉んだものをはりつけたりして、できるだけ♀に似せようとしました、これを「化かし釣り」と呼んでおりました。
ぼくは昔、雑誌アニマの編集者に頼まれ、「蜻蛉釣りの科学」(アニマNo52(1977年7月)蜻蛉特集号 pp17-23)を書きました。これは、キイトトンボ・ベニイトトンボ♂の配偶行動を誘発する形態や色彩の解析実験の結果です。その際に蜻蛉釣りの手法を用いましたが、これは上述のように、子どもの頃の蜻蛉釣りの経験がありましたのですぐに思いついたのです。
 

老眼のことなど

 投稿者:水田國康  投稿日:2019年12月30日(月)09時29分17秒
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  昨日(xii-29,2019)の新聞天声人語に、筆者が老眼になってきたと述べられていました。ぼくも2・3年前から老眼?で、小さな字などが見えづらくなってきました。とくに、薄暗い所ではそうです。
この間からの続きで、文庫本「李長之:司馬遷(翻訳、徳間文庫 1988)」を読み始めたのですが、寝床ではこの小さな活字(6号?活字、3mmくらい)ははっきりしないことがあります。漢籍・中国古代の経(ケイ)学など、ぼくの知らない語彙の場合はなおさらです。著者の李さんは毛沢東の紅衛兵に吊し上げられ、虐待され、期間中は便所掃除などの労役につかせられておられたそうです。史記の司馬遷も自分の見解を陳述しただけで、極刑に科せられたのですが、李さんのことをそれに重ねて想像しております。
司馬遷は非常に興味ある人物のように思えます。しかし、代わりに今ぼくは図書館から借りだした別の本(活字は大きい)を読んでいますので、それが終わったら、あらためてこの司馬遷評伝をしっかり読むつもりです。それから、史記も翻訳で通読したいと思ております。古代中国思想に無知なぼくですが、なんとか頑張ります。
 

わらべ唄『いちりっとらーの・・』

 投稿者:水田國康  投稿日:2019年12月26日(木)13時49分18秒
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  この12月10頃、満里が「石井信生:広島県のわらべ唄」というA5版63頁の小冊子を貰うてきてくれました。広島県内各地のわらべ唄を、羽根つき唄・手毬唄・・・と8つに分けて、83の唄が譜面つきで掲載されています。石井さんは広島女子大学名誉教授で、大学では音楽教育などを担当しておられたそうです。この本は自刊とのことですが、歌い出し索引がつけられているのに、石井さんの言葉が見当たりません。ぼくは広島では数十年前に、JR広島駅付近の2箇所で、縄を束ねた槌をつく子どもたちの亥の子祭の唄をたまたま聞いたことがありますが、現在では子どもたちのわらべ唄の多くはほとんど歌われなくなったと思われます。それだけに、この本において、インフォーマントのことなど、採取された際の状況・事情などが記述されていたら・・と望む次第です。
それでも、この本は非常におもしろい。ぼくはそれほど經驗していませんが、ぼくの郷里と同じような唄が1つありました。それは毬つき唄で、『いちもんめの いんすけさん いちのじがきらいで いちまんいっせんいっぴゃこく・・』です。ところが、ぼくが子どもの時に聞いた毬つき唄の『いちりっとらーの らっとりっとせ しんがら ほけきょうのー たかみくら すいへいさん』はありません。山口県光市・三次市で育った満里に尋ねましたが、知らないとのことす。そしたら、昨日12月25日の朝日新聞声欄に、この毬つき唄が特集されていたのです。『私も歌った』という読者からの便りが58通あり、その場所は埼玉県から徳島県にわたっているそうです。もちろん、場所(地域)によって歌詞は少しは異なりますが、広島県大崎上島でも歌っていたと、71歳の女性からの投稿が載っています。
新聞には識者(専門家?)の意見も紹介されていますが、どこでも共通の文句「たかみくら」は紀元節の歌の3番の歌詞の「高御座」から来ているのではないかとのことです。ぼくは11月22日おけら投稿の「大嘗祭」・同じく12月2日の「あらひとがみ」で、ちょっと調べたばかりです。「高御座」は天皇の玉座、ひいては天皇のことで、「続日本紀」文武天皇の項に『天津日嗣 高御座乃業・・(天照大神から受け継がれてきた天皇の任務・・)』とありますし、万葉集十八巻4089番の大伴家持の長歌にも『高御座 安麻乃日継登 須賣呂伎能・・(高御座 高天原から受け継がれた神の天皇の・・)』とあります。
ぼくら国民学校1・2年次の1944・45年には、紀元節には講堂の真ん前の御真影に向かって「紀元節」の歌を歌わせられました。ぼく今でもメロディと1番の歌詞の前半を覚えていることからすると、1年生のときに教えられていたのでしょう。それが、12月3日投稿の「学校嫌い?」で言うたように、ぼく学校がそれほど好きでなくなったのは、終戦を境に、びんたや拳骨をくらわす教師はまだいましたが、彼らの言うことがころっと変化したのです。大人の処世術を理解していなかったぼくは、あっけにとられ、教師をそれほど信用できなくなったことが、一つの要因のようです。
このように見てくると、ぼくはお互いに関連した事柄の周りをちまちまうろついていることが判ります。ぼくの世界が如何に狭いか、図らずも露呈されました。
 

ぼくとこの唐辛子

 投稿者:水田國康  投稿日:2019年12月25日(水)17時36分19秒
返信・引用
  今日(xii-25,2019)、ぼくとこで栽培している8本の唐辛子のうち、まだ実がついている3本を残して、5本を引き抜きました。写真は収穫物ですが、1170グラムあります。
品種は万願寺系の?「甘とう美人」が4本で、他に「グリーンホーン」・「フルーティピーマン」などです。これらは6月下旬に初穫りしましたから、半年間にわたって収穫できるのです。ほんとうに値打ちものだと思ております。ただし、時おりの追い肥と、日照りのときの水やりは欠かせません。毎年、栽培することにしております。
 

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