teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


映画「劇場」を見る

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2020年 8月 8日(土)10時47分55秒
  又吉直樹の小説を行定勲が映画化したものである。
原作は読んでいない。

原作者の又吉直樹は、インタビューで「恋愛小説として書きました」としている。
しかし、以前、紹介記事であらすじを読んだ時、本当に恋愛小説なのだろうかと思った。
二人が向き合うというよりも、すれ違うというような物語に思えたからだ。

続いて「恋愛というものがよく解らなかったから(書こうと思った)」とあって、
おそらく「恋愛小説として書きました」の「として」が「を」でないあたりが
又吉自身が意識しているのか否かはよくわからないが、原作のキモなのだろうと感じた。

なるほど、「恋愛小説として」書かれた「劇場」で描いて見せようとした
「青春期の不安や自意識など鬱屈した感情」は、映画でも強く出ていた。

主人公は下北沢で売れない小さな劇団を主宰している若い男・永田だ。
センスは良いし、才能もあるのだが自意識が空回りして、
売れたいのにあざとい芝居を潔しとせず、客は少なくアンケートは酷評ばかり。
自分の才能の磨き方もわからず、それではダメなことは自分でも薄々感じているものの、
安酒やタバコで日々の辛さを抑えるしかできない。

きっと下北沢界隈には、そんな演劇関係者の卵やヒヨコがたくさんいるのだろう。
あるいは、原作者の又吉が日常的に見てきた「売れない若手芸人」にもいたはずだ。

そんな永田は、服飾系の学校に通う沙希と出会う。
もともと役者志望だった沙希は、劇団の代表で脚本も書き演出もするという永田を
尊敬やあこがれや自分の破れた夢を託す希望のようなものとして愛するようになる。

沙希に夢中な永田は、沙希を主役にするつもりで新しい脚本を一気に書き上げる。
その芝居は永田としては異色ながらも評判が良く、何より主役の沙希の評判が良かった。
ところが、永田は二度と沙希を舞台に上げようとしなかった。
この時点で、永田はダメだ。

中学から演劇部だったという沙希は、永田たちよりも役者としての力があった。
これを天恵として、沙希を活かす本を書き、芝居も作ることだってできたはずだ。
にもかかわらず、打ち上げの席でチヤホヤされている沙希に嫉妬の目で見ている。
それが、永田だ。

そこからはつらい話が続く。
劇団が評価されたことで、沙希から尊敬される自分であらねばならないために、
永田はより芝居にのめり込むようになり、その分、生活は苦しくなっていく。
追い詰められた永田はすがりつくように沙希のアパートに転がり込む。

永田がどんなに身勝手で小心で情けなくて自意識を持て余していても、
ときどきは沙希を笑顔にしてくれるからか、沙希は何も言わず永田を受け容れた。
そんな沙希への後ろめたさが、ますます永田を苦しめ、二人の関係は挫滅していく。

結局、永田が沙希の愛情を食べ散らかし、時間ばかりが過ぎていくことに疲れた沙希が、
失ってしまった心を取り戻そうと郷里に帰るところで物語は終る。

映画では、監督の行定勲が「(これが浮かんだので)映画化できると思った」という
原作にはないラストシーンが付け加えられている。
より正確には、ラストシーンを原作と違う斬新な演出で表現していた。
監督の行定勲のこだわりの演出によって、永田はただのダメ男から少し救われた。

その分、なんらかの創作活動を職業として志したことがあり、
なかなか認められることのないつらい下積み生活を送ったことがあり、
わずかな希望と底知れない絶望が繰り返す日々にもがき苦しんだことのある、
あるいは、そんな生活にあこがれたことのあるすべての男性を撃つような物語になった。

それは、後に成功したかとか、夢破れて違う職業についてしまったとか、
自分を支えてくれる女性がいたとか、いなかったとかは関係がない。

繰り返される沙希の「ごめんね」の意味も、より深まったかもしれない。
映画の沙希は、過去の物語として永田との日々を振り返っていたからだ。

あんなに疲れ果ててしまった東京での生活だったが、
何年か、何十年かの歳月を重ねた後に沙希が自分の人生を振り返った時、
自分が最も輝いていたのは、生涯で一番愛した人が自分のために書いてくれた芝居で、
小さな舞台であまりお客さんもいなかったけれど主役を演じることができた、
あの一瞬の夢のようにすぎていった日々だったと語るのかもしれない。
そんな一筋の希望が形になっていたように感じられた。

その意味で、行定勲は「劇場」を恋愛映画とすることに成功したのかもしれない。
そして、それを形にしてくれたは、なんといっても沙希役の松岡茉優だ。
可愛らしさも、どんどん疲れていくさまも、「手練れ」という言葉がふさわしい。
その分、永田役の山崎賢人は、好演すればするほどダメ男になる役回りで損をした。
劇団員からオシャレな演劇ライターに転じた伊藤沙莉の手堅さにもありがた味があった。

時節柄、小さな映画館でも半分の席しか座ることができなかったが、
その半分が満席になっていた。
けっして大きな声にはならないが、
小さなつぶやきが広がるように評価されていく作品であると感じた。
 
 

坂田靖子「ベルデアボリカ」3巻を読む

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2020年 8月 8日(土)10時46分52秒
  ベルデアボリカは全4巻で、第4巻は2012年に発刊されている。
発刊当時に第4巻を読んでいたので通しで読んでいた気になっていたが、
昨年、レビューを整理する中で、第3巻だけ読んでいなかったことに気づいた。

一応、書店を探し回ったがマニアックな古い本がみつかるわけもなく、
ネット古書店で何とか手に入れることとなった。
ということで、全巻を読み返しながら、初めて第3巻を読んだ。

第1巻では、人を殺すどころか、村一つ焼き払ってしまうほどの魔法の知識と力を持ち、
束縛を好まず、気まぐれで、人を殺すことすら何とも思わない魔法使いヴァルカナルが、
近隣国との力のバランスの中でなんとか生き延びている小国ケルウォースの若き領主で、
剣の力も確かだが、それ以上に誠実な態度と深い洞察力を持つツヴァスと出会い、
率直で真摯な対話をすることで、ケルウォースの城で暮らし始めるというものだった。

ヴァルカナルは、自分の意志で自分の居心地の良さでケルウォースにいるのだが、
魔法使いという強大な「力」を持つケルウォースを周辺国は警戒し、
ヴァルカナルもまた自分の居心地の良い場所を確保しておくために、
ケルウォースとその領主・ツヴァスを積極的に護ろうとしていた。

第2巻では、大国デボンの招聘を受けヴァルカナルはケルウォースを離れるのだが、
示された破格の条件を無礼と切り捨て、ケルウォースに舞い戻ってくる。
そういう野卑な取引で束縛されることをヴァルカナルは最も嫌う。

ヴァルカナルが戻ったことを知った周辺国は、ケルウォースに接近しようとし始める。
ツヴァスは。そのことを魔法使いヴァルカナルの「抑止力」によるものと速断するが、
ヴァルカナルは、気まぐれな魔法使いを味方にするほどのツヴァスの人としての信頼感、
しかも、その魔法使いを平気で他国に貸し出したツヴァスという人物の大きさこそが、
他国が警戒しつつ接近してくるケルウォースの力の源泉なのだと解く。

というわけで、第3巻である。
ヴァルカナルに無礼な誘いをしてきたメフィス大公をいくつかの村ごと焼き払ったり、
ケルウォースの同盟国となったハンバルの歓迎の酒宴で挑発してきた兵士を毒殺したり、
ヴァルカナルの気まぐれで冷酷な「魔物」の側面が強調される。

自分の客を殺したことに思わずヴァルカナルを張り飛ばしてまで怒ったり、
すぐに反省して下手をすると殺されるのではと思いつつ冷静に話し合おうとしたり、
ヴァルカナルと話すツヴァスも悩みが多い。

ヴァルカナルが一度はケルウォースを出ようと決意したのは、
「(ツヴァスが)ゆらいでたから」という。
そして、それをやめたのは「(ツヴァスが)私のやり方を許さないと言うから」という。
難しい。

ケルウォースが、もしくはツヴァスがヴァルカナルと上手くやっていくためには、
本当は許せないヴァルカナルの気まぐれな行動を認めねばならないのではないか。
そんな風にツヴァスを迷わせることはヴァルカナルの本意ではない。
ならば、自分がツヴァスから離れるしかない。

しかし、あの行動は許さないが城から出ても会いに行く、
とツヴァスが明言するなら話が違う。
ツヴァスがツヴァスのままでゆるぎなく、ヴァルカナルとの信頼関係は変わらない。
それならば、出ていく必要がないというわけだ。

世界のすべてを破壊しかねない自分の持つ力に震えるヴァルカナルにとって、
ツヴァスのそばは唯一の安らげる場所であるらしい。
「そのままのキミが好き」は、いつだって少女マンガの王道だ。

そんなBL風味たっぷりの後、ケルウォースの政治的安定に向けて、
かつて奪われた領土であり、貴重な財源だったメッサ鉱山の奪還作戦が始まる。
しかも使うのは、魔法ではなく「ツヴァスの力だ」とヴァルカナルは言う。

とはいえ、古い地図を読みこみ、各国の情勢を踏まえて作戦を立てるヴァルカナルは、
魔法を使わなくてもツヴァスにはなくてはならぬ参謀であり、相棒になっている。

なるほど、この展開があって、あの大団円であったか。
 

中島みゆき「ルージュ」から

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2020年 7月22日(水)22時22分15秒
  手を洗うのがうまくなりました
どんな酔いどれた時にでも
手を洗うのがうまくなりました
ソープ押すたびに思います

あの国で流行りあの町だけが閉じた頃は
まだ手洗いは指先を濡らすだけ
この国も流行り くり返す30秒手洗い
いつかやりなれて

手を洗うのがうまくなりました
ソープ押すたびに思います

--

続きは、まだ。
 

大島弓子「キャットニップ」3巻を読む

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2020年 7月20日(月)13時56分24秒
  去年出ていたのをようやく見つけた。

いきなり「病気のデパート」とある。
トラは、耳の中に菌、咳もひどく、耳洗浄と抗生剤注射。
注射の痕が脱毛、口内炎も出てきた。抜歯が必要か。血液検査すると甲状腺機能低下。
心臓にも雑音、後日エコーをとることになる。

それだけじゃ終わらない。
トラは抜歯をしたものの、ステロイド注射、痛み止め注射、抗生剤注射、栄養剤注入。
にしても食べなさすぎるので、食欲増進剤。
口内炎が治らず、抗生物質を変えたり、口内炎の新薬にして改善したり。

ミケマルが急に痩せてきて、元気も食欲もない。
病院連れて行くと、腎不全で点滴が必要なので即入院。肝臓も良くないらしい。
ステロイドが効いて肝臓の数値はよくなる。静脈点滴も皮下点滴になり、通院へ。
家に連れ帰ると、大量のおしっこが出るステロイドの副作用で投与量を変更。
脱水状態になったので、やむなく摘便。便を柔らかくする薬を処方して命拾い。

20歳を超えたビーが毛づくろいをしなくなったので動物病院で毛玉取りをすると、
どこに内臓があるのかというほど痩せていた。
夏なのにヒーターの前を動かない。仕方なくスイッチを入れる。
そして、その半年後、その日はヒーターの前ではなく大島弓子の机の側ですごし、
その夜、息絶える。

他にも、外に出て野良猫の茶太郎とケンカしてやられた元野良猫のウリちゃんや、
おそらく交通事故にあっため入院させ、右腕切断となった野良猫の茶太郎や、
冬の夜に寒さに耐えかねて家に入るようになったがあっけなく亡くなったヒゲちゃんや、
野良のまま毛量の豊かな美形猫になったのに、突然の病気で助からなかったグレシロや、
彼らと比べると、19歳で天寿を全うしたのかもしれないタマや、
とにかく、いろいろせつない話が並ぶ。

あとがきマンガによると、
一時は外猫7~8匹・飼い猫15匹いた猫は6匹にまで減ったらしい。
特別な日のごちそうの貝柱(ビーの好物だった)に群がる猫たちの姿が、
せめてもの救いであるような。
 

「松苗あけみの少女まんが道」を読む

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2020年 7月 3日(金)10時25分9秒
  大河は止まったけど、書評は書いている。
こっちに載せてなかった。

--

まず、カバーがいい。
懐かしの「ぶーけコミックス」そのまんまで、
サイズが違うのと自画像が混じっているのを除けば、
「純情クレイジーフルーツ」の新刊かと思ってしまうほどだ。

版元はぶんか社なので、おそらくあちこちにアイサツが必要だったと思うが、
松苗あけみが自分の少女漫画人生を振り返る一冊となれば、
心地よく承諾してもらえたのだろう(知らんけど)。

一瞬、笹生那実の「薔薇がシュラバに生まれる」を受けての便乗企画か、
にしてはあまりにも早すぎると思ったが、
もともと「本当にあった笑える話」に2018年から連載されていたものなので、
たまたま同時並行的に似たような企画が進行していたようだ。

その背景には、1970年代が少女漫画の青春時代であるとともに黄金時代であり、
とにかく元気や熱気があって、革命とも呼ぶべき変化や革新があって、
作者の熱意に読者が反応し、その中から新しい作者が生まれていくという、
すべてがキラキラしていた時代であったことを、
(作者も読者も)落ち着いて振り返りたくなる時期に来ているということなのだろう。

そんな中にあって、松苗あけみは24年組のリアルタイムの読者であり、
いきなり漫画家の家に押しかけてしまうほどに熱心なファンであるとともに、
とことん絵の人であったようだ。

高校の漫研時代に発表していたのも、編集部に初めて持ち込んだのもイラストだった。
アシスタントデビューも、絵の力が買われてのことだ。

そもそも、松苗あけみの姉の同級生にMさんという人がいて、
その美大時代の友人にまだ学生だった内田善美がいてという縁がつながり、
その紹介で内田善美に代わるアシスタントとして一条ゆかり作品を手伝うこととなる。

言わば、身元保証人が少女漫画界が生んだ究極の絵師・内田善美で、
後見人が少女漫画界一番のパワーファイター・一条ゆかりという実に豪華な顔ぶれだ。

またデビューのきっかけも絵の力だ。
(当初は)全ページオールカラーというありえない漫画雑誌「リリカ」が創刊され、
カットを描きながら、ネームが出来たら即デビューという破格の条件で迎えられる。
編集者に紹介された松苗は、まだ漫画を一本も描いたこともないのにと恐縮するが、
当時の編集者にとっては「カラーを描ける新人」の方が貴重だったにちがいない。

「リリカ」が休刊し「ぶ~け」に移籍した後も、初の前後編で一番描きたかったのが、
「ヒロインのエプロンドレスとクルクル巻き毛の金髪縦ロール」だったと告白したり、
漫画をめぐる松苗あけみの記憶は、どこまでも絵が優先している。

そして、いろいろストーリー作りに苦労した末に、
自分の女子高時代に見てきたことをもとに「純情クレイジーフルーツ」を描くことで、
ようやく、キャラづくりの面白さがわかったり、
描きたいものがどんどん湧き上がってくるようになり、
「ぶ~け」を代表する連載作家の仲間入りを果たす、というのが骨格だ。

その後も、不安がったり、愚痴ったり、卑下したりの連続だが、
事実だけを見ると、皆さまご存じの順風満帆な人気漫画家ぶりだ。

それまでの初期作品に対する低い自己評価も、
本当のところはどうなんだろうと思いながら読み進めたのだが、
なにせ松苗作品は「純クレ」のシリーズしか読んでいないので、
「何をおっしゃいますやら」と自信をもって言うことはできない。

少なくとも、自画像が一貫して「桃苗キャラ」なのに、
この本でも紹介されている写真ではオシャレな一条組の若い衆の姿なので、
それだけでも、どれだけ自己卑下をしてるのかはうかがい知れる、というところだ。

そんな合間に、集中線の代わりに束の線をかけあわせることや、
スクリーントーンを主線からずらして貼ることや、
瞳の中に点描を入れるといった技法も開発したことは、しっかり主張する。
(やっぱり、絵の人だ。)

貴重なのは、当時の一条ゆかりと内田善美の日常が紹介されていることで、
一条ゆかりは世間が思っているようなけだるいお姉サマ(風に松苗は描く)ではなく、
サハサバとして面倒見がよい、てきぱき動くお姉さんとして登場する。

それでも、徹夜明けで編集部に行くタクシーの中で次の120ページの物語を作ったとか、
編集者が知っているステキなレストランはほぼ一条ゆかりに教えてもらったものとか、
努力と根性と豪快さをあわせ持ったところは、いかにも世間が思う一条ゆかり像だ。

内田善美については、愛蔵の漫画本を手書きのレタリングをしたカバーで包んだり、
アシスタントが(自主的にだが)部屋いっぱいに紙を継いで消失点を取っていたり、
明るくやさしいが緻密で粘り強い女性として登場する。

一方、自宅には学生時代のように友人が遊びに来たり泊まったりしていたというから、
必ずしもあの絵柄のような静謐で孤高の人というわけではないようだ。
しかも、そのうちの一人が、ぶーけコミックスのカバーのデザイナーだったりするので、
世間は狭い。(アイサツもしやすかっただろう。)

内田善美の引退については、
「単行本の口絵のカラーに時間がかかりすぎちゃって」という言葉を拾っている。
「星の時計のLiddell」のことと思われるが、
そりゃあ時間もかかるでしょうという立派な口絵だ。

おそらく、内田善美という作者が到達した自らが許容できる絵の水準に、
少女漫画(の締切りと原稿料)という枠組があわなくなっていたのだろう。
松苗あけみも、引退した後の内田善美には会えていないようだ。

「ぶ~け」の後輩にあたる吉野朔実の思い出も語られる。
たまたまもらった「薔薇大図鑑」という本を形見として大切にしているそうだ。

それにしても、松苗あけみが中学生時代から競馬四季報を買うような、
筋金入りの競馬ファンだったことには驚いた。
住み込みの弟子もいる職人さんの家なればこそかもしれない。
ファンの間では知られていた話なのだろうか。
 

「麒麟がくる」第21回「決戦!桶狭間」を見る

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2020年 6月 8日(月)15時05分34秒
編集済
  今回は、ガッツリ桶狭間の戦いでした。
しかも、信長、家康、義元それぞれの置かれている立場やふるまいを、
この物語の世界観を踏まえつつ、きっちり描いてきました。

自分が裏切ったところで、とても今川には勝てぬという家康の判断は正しいのでしょう。
しかし、織田が自分のことを期待して待ってくれたという情報は、
その後の家康の動きに大きく影響したかもしれません。
それだけでも、家康を調略したかいがあったというものです。

そして、夜明け前から砦攻略に駆り出された三河衆が、
日中は大高城で休養していたという当たり前の話に、
追加で、急ぎの、しかもチグハグな出陣命令を出され、さすがの家康も拒否をした
という物語を作ってきたあたりに手練れ感があります。

徳川の裏切りかないと知り、いよいよ死を覚悟しなければならないという段になって、
信長が庶子・信忠を正妻・帰蝶に紹介するという展開は巧妙です。
結婚して10年、いまだ嫡男が生まれないとあっては、
側室との間に子を持つのは自然なことです。

何も知らなかった帰蝶はいささか不満のようですが、
これまで「信長をプロデュース」してきた織田家の共同経営者としては、
信長に何かあれば子を連れて逃げ、織田の嫡男として育てる、
という重要任務を引き受けざるをえないところです。

奇妙なのは、まだ幼少の信忠はいるのに、実母については名前しか紹介されないことで、
このあたりは「真田丸」で強く感じたところですが、
どうやら、側室の存在を隠すという大河コードが存在しているようです。

真田信繁の4人の妻は、同時には愛されていないように巧妙に描かれました。
信之の先妻・こうが、コメディリリーフとして生き延びたのは奇跡的なことでした。
「いだてん」の三島弥彦も、庶子であることは消されました。

そのせいか、今川勢が目前に迫っているという緊迫した場面だというのに、
信長が帰蝶に「すまぬ」という浮気がばれた夫婦のような会話をしています。

そして、死を覚悟した信長が「敦盛」を舞っている最中に頭を整理することで、
敵兵力を分散させたところで本陣を急襲するのが唯一の勝機であると見極めたあたりも、
通俗的な英雄物語の「信長はすべてを読み切っていた」風の描写より、数段勝ります。

一方、義元も、輿に載って移動できるという今川家の中世的な権威を誇示しつつ、
兵の損耗を最小限にするためにこまめに援軍を送ったり(それが仇となるのですが)、
「街道一の弓取り」と呼ばれた戦国大名らしい見識を示してくれました。

けっして偶然でも慢心でもなく、知略に基づく必然として終わった桶狭間の戦いですが、
足利家の親族として扱われる今川家が新興の織田氏に屈したという事実は、
単に今川と織田の問題にとどまらず、
室町幕府の終焉が近づいていることを感じさせる出来事の一つだったのでありました。

それでも、光秀と左馬助と二人して尾張に出ている間の寺子屋が心配だったり、
騎馬で非武装というどう考えても危うい姿なのに平気で光秀が戦場に向かったり、
「真田丸」視聴者には、どうしても「狙うは今川義元ただ一人」に既知感があったり、
まだ三河との関係が未確定なのに、信長が「美濃を取る」という軽率な預言をしたり、
ツッコミどころがないわけではないのですが。

というわけて、今回の秀逸は、
早々に戦いが終わり無傷で信長と再会できた光秀の幸運を越えた不思議でも、
桶狭間での戦勝からの帰り道というのに、いきなり親の話をする信長の心の闇でもなく、
駒が手に入れた「何にでも効く薬」のレシピの怪しさを越えた伏線の匂い。
 

引っ越し作業完了

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2020年 6月 5日(金)15時45分7秒
  水面下を含めると、ほぼ1年がかりでやってきたトップページの移転に伴う
mixiに書いていたレビュー関係のサルベージと、カテゴリーの再編作業がほぼ終了。
残すのは、直近のレビューと近年習慣化してきた大河レビューの移転のみです。(これ、けっこう大変。)

少しやり切った気分。
 

そこは、シェイクスピア俳優

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2020年 6月 1日(月)12時39分56秒
  >吉田鋼太郎さんは、当意即妙に大きく動く眉毛をはじめとして、顔の筋肉が発達しているなあ

寒月さん、ありがとうございます。
ご指摘の通りです。

吉田鋼太郎さんについては、「おっさんずラブ」あたりから世間の認知が上がったようですが、
主にシェイクスピアを上演し続けていた劇団AUNの主宰者だったりします。
ついでを言うと、堺の武器商人役で一話だけ出演した大塚明夫は声優としても知られていますが、
実は、劇団AUNの吉田鋼太郎と並ぶ看板だったりします。

やはり舞台で鍛えられている役者さんは、
顔の筋肉の使い方が達者だし、表情の引き出しが多いように感じます。
 

麒麟がくる第20回「家康への文」を見る

 投稿者:ひつじ@ひつじ亭  投稿日:2020年 6月 1日(月)12時22分28秒
  いやあ、偉くなったものです。
苦節13年、容赦なく「おつかい」ばかりをやらされてきた光秀が、
ついに、左馬之助を何度も尾張へ「おつかい」に行かせるようになっています。

ん?13年。そんなに時間がたちましたか。
ということは、(ドラマ内4年前には)秀吉(19歳)に追い掛け回されたこともあり、
今回、家康(17歳・実は妻子あり)と下校時の高校生みたいな立ち話をしている駒も、
13年分は年齢が上がっていることになります。

灸の腕前も上がり、髪型も替え、ようやく大人の女性になってきた駒なので、
光秀と荒れ寺で同衾した時(ドラマ内12年前)には、やはり10代前半だったのでしょう。
それにしても、反物や薬草までも光秀に援助するというのは、
元カノを越えて郷里の母の域に達しています。

唐突に「何にでも効く薬」を作る薬師が登場するなど医学ネタの強調は、
光秀医師説や家康の薬マニアとの関連を匂わせますが、
これからどう展開させのかについては、今のところよくわかりません。

一方、今川の本格的侵攻に混乱する織田家ですが、
帰蝶は、またも信長をプロデュースし、
実母・於大の方に文を送らせて家康を今川から離反させるという策に出ます。

ドラマの設定上は、光秀が帰蝶に策を授けているようなのですが、
帰蝶はあまりに堂々とふるまうし、於大の方も先回りして文を書いているので、
見ている側からすると、光秀が大きなお世話だったのではとさえ思わせてしまいです。

それにしても、大きな嘘(フィクション)を仕掛けてきたものです。
乱暴に要約すると、丸根砦・鷲津砦を見殺しにしたけれど、
大将の義元を討って織田方が一発逆転という桶狭間の合戦を、
徳川の裏切りを期待した織田方が勝手に片八百長をやっていて、
兵糧補給を見過ごしたり、攻められたときのふるまいまで指示していたことにするとは。

とはいえ、菊丸が主君・水野や母・於大の方の言葉ではなく、
三河の者すべてを代表して家康を説得するというのは少々やりすぎ感があります。
もっとも、ミカワというと、いまだに「ストレイシープ」とか「ブロマイドだよ」とか
「大陸雄飛だな」とか「ウォトカどうだい」しか浮かばなかったりするのですが。

というわけで、今回の秀逸は、
米が無くなってからあわてて朝倉への仕官を望む光秀の困ったちゃんぶりでも、
戦国視線の光秀にはぬるくて古い風習に見えた蹴鞠が、
守護代から成りあがったとはいえ、正式に守護に任命されていた室町視線の朝倉家では
当然にたしなむべき文化であり接待だったことでもなく、
自信と野心をあらわにすることで、いかにもな悪い顔になってきた今川義元が
初対面の東庵先生を値踏みした際の舐め回すような三白眼。
 

吉田鋼太郎を書こうと思ったら

 投稿者:迷亭寒月  投稿日:2020年 5月30日(土)22時36分28秒
編集済
  本放送だけでは理解しきれず、今日の再放送を見て
松永久秀を演じている吉田鋼太郎さんは、
当意即妙に大きく動く眉毛をはじめとして、顔の筋肉が発達しているなあ
と感心しました。

早速ここに書こうとしたら、亭主さんが先に書いていました。
再放送を見るまで読まなかったのですが、今週の秀逸は一致しました。
 

レンタル掲示板
/236