スレッド一覧

  1. ブランド激安市場 bag53(0)
  2. ブランド激安市場 bag53(0)
  3. ブランド激安市場 bag53(0)
  4. 足あと帳(0)
スレッド一覧(全4)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:12/443 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

昭和・平成の霊能者(9)

 投稿者:やさか  投稿日:2020年 5月13日(水)16時50分20秒
  通報 返信・引用
  山内光雲のこと/続

山内光雲(昌)氏は、1929年に丹波篠山に生まれた大阪大学卒業の薬剤師である。
生家は140年続いた薬屋で、たった一人の跡取り息子として大切に育てられた。家人も特別扱いにして毎日美食を出していたという。生来頑健ではなく、病弱で薬を多用して育てられた。家業が薬屋だったこともあって新薬の効能を試す意味もあったらしい。
子供の発育には栄養が大切だとして、幼少の頃から高カロリーの御馳走ばかりを与えられた。それでも、良く風邪をひき、膝を擦りむいたりケガをしても治るのが人より遅い。そこでいわゆるマイシンと呼ばれる「化膿止薬」が使われるようになった。他にも咳が出ると「咳止め薬」、食べ過ぎたときには「消化促進剤」といったように次から次へと西洋薬が投入されたという。これでは病気にならない方がおかしい位である。あげく16歳の時には「結核性肋膜炎」で学校を一年程休学したと言う。その後の「大学在学中でも、社会に出ても私は常に病気がちでした」と光雲氏は語っている。
大阪大学薬学部卒業した頃、脊椎カリエスの症状が悪化し、それから約十年の闘病生活が続くことになる。

○以下からは、平成14年3月12日付けの手記より
30歳で結婚、32歳から闘病中にひらめいたアイデアを次々と市場に出し始め、創業した医療器具関連の製造会社、「日本ゼリア」(現「ジェクス」)は、受胎調節器具ゼリアコートのヒットで日本の市場の90%を奪取することになる。続いて、十字式哺乳瓶チュチュの特許を取り、5年間で市場の60%を占めるようになった時、また、病魔に倒れ、胃潰瘍、肺炎、腎炎、片目失明等、殆どの病気を体験することになる。40℃以上の熱が1年以上続いた。そして大喀血が半年続き、肺が破れて背中に4つの穴が開き、膿が限りなく出てやがて、内外が貫通した時、破れたアコーディオンのようになった肺は、声を出そうとすると後方から息が漏れる状態で、ものが言えず、虫の息そのままになって半年、うつぶせの姿勢で病床にいたが、その間にもアイデアは次々とひらめき、新製品はヒットして、会社の売上は46億円、従業員600人となる。

 科学を信じ、医学、薬学を信じて、その通りにした結果、この様になったのだと気付き、一切の薬を止めたが、熱はとめどもなく続き、3日に一度の喀血は洗面器に半分に達し、体重は30kg、ミイラそのままになって何度も意識不明となる。真暗闇の中、広い荒野の一本道を一人歩く自分が見える。体は余りにも辛いので、ついにやけくそになってこう叫んだ。
「私は人並みの生活をして来た。それ程悪い事はしていないつもり、だけど病気ばかりの人生で希望は全く無い。神があるなら出てきて、生死何れでもよいから今すぐ決着を付けて欲しい」。
すると天から声があった。「よければもう一度良くしよう。そしてその時には、死んだものと思って貴方の肉体を私に貸して欲しい」、「結構です」苦し紛れに約束をした。暫くして耳元に名前を呼ぶ声が聞こえ、また、この世に生きる事になった。
 
》記事一覧表示

新着順:12/443 《前のページ | 次のページ》
/443